第59話 茜ちゃんの本当の思い……

 茜が密樹とデートしているその頃、早苗はずっと自分の部屋に閉じこもっていた。


「今頃、茜ちゃんは飯島先輩と二人っきりでお出かけしてるんだよな~」


 茜と密樹が二人っきりでお出かけをしていることを想像するだけで胸が苦しくなり、嫌な気持ちになる。

 こんな気持ちになるなら、もっと早く茜に告白しておけば良かったと嘆く早苗だったが後の祭りである。


 早苗と茜はあまりにも距離が近すぎた。


 いつも二人でいることが当たり前で、それが当たり前だと思っていた。


 でも茜が密樹に告白され茜を取られると思った時、その当たり前が当たり前ではないことに気づいた。


 今まで茜のことは幼馴染として好きだと思っていた。


 でも違った。


 本当はとっくの昔から茜のことは恋愛的な意味で好きだったのだ。


 だが、早苗はあまりにも茜の近くにいたせいで、その気持ちになかなか気づくことができなかった。


「……私は馬鹿だ。どうしてもっと早くに気づかなかったのだろう」


 早苗は自分を責めるものの、過去のことを後悔しても時すでに遅し。

 そんなことを一日中考えていたら、いつの間にか夕方になっていた。


「……もう夕方なんだ……今日はなにもしてないな……」


 窓の外を見て、夕方になったことを知る早苗。

 もう茜と密樹のお出かけは終わったのだろうか。


 昨日の茜の様子を見る限り、結構楽しみにしているようだった。


 だからきっと、楽しいお出かけになったと早苗は推測する。


 どんどん早苗が知らない茜が増えていく。


 それがもどかしかった。


 その時、誰かが玄関を開け家の中に入って来た。


 まだ夕方だ。


 親は毎日夜遅いため、こんな時間に帰ってくることなんてない。

 それに鍵はいつもかかっているため、鍵を解除しないと家に入ることはできない。


 親以外で早苗の家の鍵を持ち、インターホンを鳴らさずに入ってくる人は一人しかいない。


「早苗っ」

「……茜ちゃん」


 よっぽど急いでいたらしく、茜はノックもせずに早苗の部屋を開ける。

 息を切らして部屋に入って来た茜に早苗は驚きをかくせなかった。


「あたし、早苗に聞いてほしいことがあるの」


 入口前で茜が真剣な表情で早苗に伝える。

 あまりにも真剣な茜に早苗はベッドから体を起こし、ベッドの縁に座る。


「……私に聞いてほしいことって」


 早苗は恐る恐る茜に尋ねる。


 もし、密樹とお付き合いをする報告だったら上手くお祝いする自信がなかった。


「あたし、早苗のことが好き。幼馴染としてではなく、恋愛的な意味で」

「えっ……」


 予想もしていなかった告白に、早苗は脳の処理が間に合わず呆気にとられる。


「だって茜ちゃん、昨日は分からないとか、恋愛的な意味で好きになったことはないとか、言ってたじゃん」

「……うん、言ったよ。でも今日飯島先輩とお出かけして再び告白されて気づいたんだ。やっぱり飯島先輩とは友達にしかなれないって。それ以上の関係にはなれないって」


 茜に告白された早苗は喜びよりも戸惑いの方が大きく、早苗は感情をコントロールできずに茜を責めてしまう。

 早苗の口撃に茜は一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべるものの、今の正直な気持ちを早苗に伝える。


「今日、観覧車で飯島先輩にキスされそうになったんだ」

「えっ、ちょっと待って。大丈夫だったのっ」


 茜の突然の爆弾発言に、早苗は取り乱す。


「うん、もちろんされなかったよ。それに飯島先輩があたしにキスをしようとした理由はあたしの本当の思いに気づかせるためにしたことだったの」

「茜ちゃんの本当の思い……」


 取り乱した早苗を落ち着かせようと、茜は冷静な声で早苗に話す。


「うん。あたし、飯島先輩にキスをされそうになって一瞬だけ嫌な気持ちになったんだ。それを飯島先輩に見抜かれて。もちろん、飯島先輩のことは嫌いじゃないよ。そして飯島先輩に早苗だったらと言われて気づいたんだ。早苗だったら嫌な気持ちにならなかったって」


 人には誰しも他人には入られてほしくないパーソナルスペースというものが存在する。


 他人であればあるほど、パーソナルスペースは広くなり、親しくなればなるほど、パーソナルスペースは狭くなる。


 キスされるほど近くまで顔を近づけられたら恋人でもない限り嫌だと思うだろう。


 現に早苗もミチルや渚がそこまで顔を近づけきたら、嫌だと思ってしまう。


 しかし、もしもそれが茜だったら嫌だとは思わない。


 つまり、茜はそれぐらい早苗に対してパーソナルスペースが狭いということだ。

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