第58話 ……でも……ダメだった
観覧車の中で茜のスッキリした表情を見て、密樹は完全に振られたことを自覚する。
その笑顔はとても美しくも残酷な笑顔だった。
元から茜と早苗は仲が良かった。
それは、本人以外は付き合っていると勘違いするぐらい、距離感が近く仲良しに見えた。
実際はお互いが自覚してなかっただけで、両想いだったのだから当たり前なのだが。
そのことは一旦置いといて、だから密樹は茜に恋をした時点で諦めていた。
相手の彼女を略奪するほど、密樹はクズではなかった。
しかし、茜と早苗が付き合っていることを否定した時、諦めていた恋心が再燃する。
もしかしたら、ワンチャン行けるのではないか。
そして再燃した恋心はもう止められなかった。
密樹は勇気を振り絞って茜に告白をした。
結果は『保留』だったがそれでも密樹は嬉しかった。
茜からして密樹は生理的に無理な人ではなかったからだ。
生理的に無理だったら即、密樹の告白を断っていただろう。
今までは話しかけることもできなかった茜とたくさん会話をしたり、お昼を食べたりすることができ、この二週間は密樹にとってとても幸せな時間だった。
だけどこの幸せな時間はもう終わりを告げる。
観覧車を降りた後、密樹は茜に話しかける。
「茜さん、最後に一つだけ良いかな」
「はい? なんですか」
密樹に声をかけられた茜は、可愛く首を傾げる。
「茜さんは本当に気持ちに気づくことができた。武田さんのことを恋愛的な意味で好きだっていうことを。だから茜さん。ちゃんと私を振ってほしいな」
「……密樹先輩。あたしは密樹先輩のこと嫌いじゃありません。むしろ大好きです。でもそれは異性としてではなく友達としての好きです。だからごめんなさい、あたしは密樹先輩とお付き合いすることができません」
「ありがとう茜さん。この二週間、私はとても充実してたよ。君を好きになれて良かった」
「あたしも密樹先輩に告白されて嬉しかったです。それは今も変わりません」
「本当に優しいよ茜さんは」
もう振られたことは自覚しているが、それを茜自身の口から言ってほしかった。
そうしないといつまでも未練が残ってしまいそうだったからだ。
茜は声を震わせながら、相手を傷つけないように最大限に配慮しながら密樹を振った。
その顔はとても苦しそうだった。
振られてスッキリした密樹は茜にお礼を言い、茜もまた告白した密樹にお礼を言う。
二人の表情には笑みが浮かんでいた。
「今日はここで解散しよう。神崎さんは早く武田さんに思いを伝えないといけないしね」
「……そうですね。あたし、早苗に気持ちを伝えてきます。だからみつ……飯島先輩、さようなら」
「さようなら……」
これで密樹の初恋は終わりである。
失恋した密樹はもう名前で呼ぶのは馴れ馴れしいと思い、苗字で茜の名前を呼ぶ。
その変化に茜は戸惑いつつも、茜も密樹のことを苗字で呼び、遊園地入り口で密樹と別れる。
密樹は一人、早苗のもとに向かう茜を見送る。
完全に茜が見えなくなると、近くにあったベンチまで移動し、今まで我慢していた感情が爆発させる。
「うぅ……うぅ……」
密樹は嗚咽を漏らしながら泣いた。
振られると分かっていても、実際振られるとやっぱり辛かった。
もし、茜の前で泣きじゃくったら茜に変な気を遣わせてしまうし困らせてもしまうし、それにこんな姿を茜には見せたくなかった。
だから、茜がいる時はいつも通りにしていたのだが、もう限界だった。
「……好きだったのに……本気で好きだったのに……でも……ダメだった」
密樹は子供のように泣きじゃくる。
本気で茜のことが好きだったからこそ、ショックも大きい。
「初恋だったのに……。初恋は叶わないって本当なんだな……」
一体、どのくらい泣いていたのだろう。
もうすっかり涙は枯れてしまい、目元はまぶたを擦りすぎて真っ赤に腫れていた。
このままベンチにいるわけにもいかず、密樹はベンチから立ち上がり、家へと帰る。
その足取りはまるでゾンビのようにフラフラしていて覇気がなかった。
今日はなにも考えたくはなかった。
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