それでも私は生きている

天宮さくら

それでも私は生きている

【2009年1月1日】

 今日から日記をつけてみることにする。どうしてかというと、好きな人ができたから。

 その人への想いを記録して、両思いになるための努力を重ねていきたい。それに、後から振り返ったら素敵なんじゃないかと思うから。


 好きな人は、二つ上の花島先輩。高校に進学して入部した吹奏楽部でお世話になった。


 花島先輩は打楽器の担当。

 先輩は眼鏡をかけていて、物静かな雰囲気を漂わせている。それなのに、打楽器を正確に、つ、迫力ある音量で鳴らすことができる。そのギャップがカッコいい。


 音楽をかなでることが初めてだった私に、先輩はいろいろなことを教えてくれた。

 打楽器のあつかい方、音の出し方、リズムの取り方。ゆっくりとしたテンポで言葉をつむぎ、私に音楽の楽しさを教えてくれた。

 その優しさに、恋をしてしまった。


 花島先輩は今、大学受験只中ただなか。部活動は十月の文化祭で引退してしまった。受験が終わったら、高校を卒業してしまう。もう会えなくなる。

 それがさみしいから、先輩へ告白する準備をしていこうと思う。



【2009年3月15日】

 年始からずっと努力して、ついに花島先輩に告白した。

 結論から書くと、失恋だ。私の恋は叶わなかった。

 フラれた理由は「大学進学で県外に出るから」というもの。


 納得いかない!


 遠距離恋愛に自信がないとか言っていたけれど、そんなのやってみなくちゃわからないと思う。


 だから私は諦めない!


 なんとか花島先輩の連絡先を聞き出すことに成功したから、明日から頑張って連絡を取り合ってみる。

 やりすぎてウザがられないように気をつけなくっちゃ。



【2010年1月1日】

 年始の嬉しいご報告! なんと! 花島先輩とお付き合いできることになりました!

 春からずっと頑張って連絡を取り合って、ようやく先輩が心を開いてくれたのだ! 嬉しい! あきらめずに努力し続けて本当によかった!


 でも、問題が発生。

 来年は私も受験生。一応、大学に進学するつもり。せっかく進学するのなら、花島先輩が通う大学がいい。

 そして、先輩が通う大学の偏差値、私にはかなり高い! 今のままじゃ絶対合格なんてできない!


 うわー、もう勉強しなくっちゃ。

 勉強は苦手。でも、花島先輩と同じ大学に行きたいし。

 頑張るぞ!



【2011年1月1日】

 花島先輩とはつもうでに行ってきました! もちろん、お願いしたことは「花島先輩が通っている大学に合格できますように」だ。


 花島先輩とは遠距離恋愛だから、春、夏、秋、冬の休み期間しか会えない。もっと頻繁ひんぱんに会ってデートしたい。

 そのためにも、頑張って受験をクリアしなくっちゃ!

 先輩も私と同じ気持ちらしくって、時々連絡を取り合いながら勉強を教えてくれる。その教え方が優しいから、どんどん先輩が好きになる。


 はやく一緒に生活してみたいな、なんて。



【2012年3月11日】

 去年の3月11日に日記を書くのをやめた。書いても仕方がないと思ったから。どんなに書きつづっても、私の想いが届くことはなくなった。だから終わらせてしまおうと、あきらめた。


 2011年3月11日、花島先輩と連絡が取れなくなった。


 先輩が借りていたアパートの場所は知っている。そこに津波が来た。先輩だけじゃない。多くの人が流されて、行方不明だ。

 一年、花島先輩から連絡が来るのを待っていて。神様に何度も祈って、毎日を過ごした。

 でも、来ない。

 そろそろ受け入れなくちゃならないのかもしれない。どんなに待っても連絡が来ることはないと……悲しいけれど、それが現実なんだって。


 花島先輩。どうして生き残ってくれなかったのですか。


 そう思ってしまう自分が許せなくて、でもそれが本心で。

 この気持ちを吐き出す場所が欲しかった。


 だから今日から日記を再開する。書きなぐれば多少、気持ちの整理がつくかもしれないから。



【2016年3月11日】

 今日は一人旅をしている。場所は花島先輩が津波に流されたと思われるアパートがあった場所。

 五年も経てば震災の爪痕つめあとなんてなくなって景色は元通りなのかな、と想像していたけれど、そんなことなかった。今でもあちこちに薄汚れたものが固まって放置されている。

 そのことに、心が痛んだ。


 花島先輩が住んでいたアパートは、駐車場になっていた。ネットで検索して確認したから間違いない。

 無人のコインパーキングで、車は数台停まっていた。


 けんだいはどこにもなかったから、駐車場のすみに置いた。車にかれない場所を選んだつもりだけど、今こうやって日記を書いている間、不安で仕方がない。


 ……震災が起きて五年経った。

 その間、私は成長できたのだろうか。


 高校を卒業後、進学はしなかった。私は花島先輩のように学びたい何かはなかったし、震災の影響で勉強し続ける気持ちになれなかった。

「どんなにつらくても、とにかく生きることを頑張るべきだ」とテレビでは言っていた。

 だから就職して、お金稼いで、生きている。実家からは出て、一人暮らし。


 本当なら、花島先輩と一緒に生活したかった。


 …………あー、だめだ。今日はここまで。涙が出てきた。これ以上は書けないや。

 先輩と連絡を取れなくなって五年も経つのに、これっぽっちも心があの時から離れない。


 花島先輩。私、まだ先輩が大好きです。



【2021年3月11日】

 震災から十年。節目の年ということであちこちでイベントが行われている。

 でも、それどころじゃないってのが大多数の意見な気がする。


 コロナが流行している。


 まさかあの震災から十年経ってこんな世の中になるだなんて、これっぽっちも思わなかった。

 基本、外食は禁止。マスクは必須ひっす。県外に出ることは推奨すいしょうされなくて、家に引きこもるのが大切と言われる。

 ……息がまる。


 もし花島先輩が生きていたら、とそうすることがある。


 震災直後は先輩の夢をよく見ていた。音楽室で等間隔とうかんかくにポンポンと打楽器をたたく姿。私が真似まねて別の楽器を叩くと、それに合わせてくれた。

「楽しいね」

 そうつぶやいて笑ってくれた。


 思い出があったのは間違いないのに、遠い記憶になってしまった。細部は少しずつに曖昧あいまいになるし、先輩の声は年々ねんねん遠ざかっている。やわらかい雰囲気はおぼろげになって、存在感は雲をつかむようだ。


 だから想像もどんどんリアル感がなくなっている。


 花島先輩のことを好きだと思う気持ちは今も変わらないのに、私はどんどん変わっていっている。

 それがくやしい。でも、変わらざるを得ない。


 職場の同期・森田が私のことを好きだと言う。先日、告白された。結婚を前提にお付き合いして欲しいなんて、かしこまって言われちゃった。

 いいヤツなのは知っている。ちょっと繊細せんさいさに欠けるところがあるけれど、嫌いじゃない。


 好意を受けるべきなのか、断るべきなのか。



【2022年3月11日】

 今年も3月11日が来た。けれど世の中は震災よりもコロナみたい。震災を伝える番組は少なくなったし、積極的に記録を残そうとする人も減った。

 気持ちはわかる。だって私たちは生きているのだから。前を向いて行動していかなくてはならない。


 花島先輩への献花も、今年で最後にする。


 森田と結婚することにした。付き合って、本当にいいヤツだとわかったし、一緒にいて苦痛はない。結婚しても悪くない、と思えた。


 一番理想の結婚ではないのは、本心。


 ………………私、花島先輩と結婚したかったなー!


 今でも想像することがある。もしあの時、震災が来なかったら、私たちはどんな人生を送ったのだろう?

 同じ大学に通い、互いのアパートを行き来して、恋人同士にしかできないことをたくさんしたのかな?


 もっと手を繋いでデートしたかった。

 もっとキスしてみたかった。

 もっと同じ空間を過ごしてみたかった。


 花島先輩。今でもあなたのことが大好きです。


 でも、私は生きていて、先輩は死んでしまったから。

 私は私の人生を歩んで、生き抜かなくてはならないから。


 震災直後、何度も死にたいと思った。花島先輩がいない世の中を生き抜く元気はこれっぽっちもかなかった。すんなりと人生を終わらせてしまいたかった。


 そうは思ったけれど、できなかった。

 だって、被災した人たちが歯を食いしばるように、頑張っていたから。

 うっかり死を選んで終わらせてはいけないのだなと思ったから。

 だから日記を再開した。


 十一年経っても花島先輩への感情は消えなかった。記憶は幾分いくぶんうすれたけれど、一番大事な気持ちは変わらなかった。


 だから、少しだけ前を向いて生きていこうと思います。


 もし私が死んで、天国という場所が存在して、そこで花島先輩に出会えたとしたら、先輩、私のこと褒めてくれるかな? 頑張ったって笑ってくれるかな?

 その時を心待ちにして、私は生きていきます。


 その思いを込めて、今日、献花をした。


 ………………届くと、いいな。

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