真夜中に声を聞く

天宮さくら

真夜中に声を聞く

 今日は新月しんげつ。月明かりはどこを探しても見当たらない。私は蝋燭ろうそく一本とマッチ箱をにぎりしめ、外に出た。

 時刻は夜中の二時近く。真夜中だから通りには人のはいがない。外灯がいとうが通りをわびしく見せている。

 目指す場所は近所にある四辻よつつじ。そこには信号機も外灯もない。雑草がアスファルトの端っこから無理矢理えているだけの、さびしい場所。

 そこに行くまでの道は異世界のようだった。少しずつ減っていく人工的な明かり、かろうじて見える側溝、耳が痛くなるほど冷え切った空気。心細くなるけれど、歩みを止めることなく四辻を目指す。

 なぜそこへ行こうとするのか。それは、百鬼ひゃっきこう出逢であうためだ。

 四辻の角に立ち、私はマッチをった。いた火を蝋燭に移し、静かな気持ちで立ち続ける。

 時折ときおり吹く風が蝋燭の明かりをゆらゆらとらす。それを目で追い、暗い道の向こう側から何かがやってくるのを祈るように待つ。

 百鬼夜行に出逢った人は、命を落とす。昔の人々はそう考えており、夜遅くに外を出歩くことをしなかった。

 体感的に、時刻は二時を過ぎただろう。それから一時間、ここでじっと待ち続けるつもりだ。

 新月なので、明かりは手元の蝋燭だけが頼り。この火が消えたなら、私は暗闇の中に落ちていくだろう。もし誰かが私を狙って近づいてきたとしても、気づくことはできない。

「こんなところで何をしているんだ?」

 背後から声をかけられ、ゆっくりと振り向いた。蝋燭の明かりをそちらに向け、相手の素性を確認する。

 そこには薄汚い服装の老人がいた。

「……百鬼夜行を待っています」

 老人はニヤリと私をバカにするように笑った。見えた歯は黄ばんでおり、不快感を抱く。

「それは悪趣味だね。百鬼夜行に出逢うと死んでしまうぞ」

かまいません。……生きている意味など、わからないのですから」

 蝋燭の明かりを老人から離し、四辻を見る。耳をますけれど、聞こえるのは自分の心臓のどうばかり。寒さでふるえる体が痛みを少しずつうったえてくる。

 私の行動に老人はカラカラと笑う。

 随分ずいぶんと不気味な老人だ。月明かりもない真夜中に、明かりを持たずにここへ来た。

 死んでも構わないと思いながら、老人を警戒する。そのじゅんあきれるけれど、防衛本能にはさからえない。

「あんたみたいな若い女が生きている意味がわからない、か。随分と達観たっかんしているね」

 老人が私の隣に座ったのがはいで感じられた。

 一人で待っていたい。それなのに、この老人は邪魔じゃまをする。それが私をいらたせる。

「そうでしょうか。……この先、良いことなど何もない。そう思うから、せめて死に方ぐらいは自分で選ぼうとしているだけです」

 そうつぶやいて、私はこれまでの人生を思い出した。



 平凡な家庭に生まれ、安穏あんのんとした日常を生きてきた。親が望む学校に進学し、そつなく過ごした。

 大学は親が選び、学部は自分で選んだ。両親は理数系に進むことを希望したが、未来を研究する気持ちは私の中にこれっぽっちもない。だから、過去を調べる学問を選択した。

 民俗学。それまで生きてきた人たちの価値観をり起こす学問。将来に何の役にも立たないものだと馬鹿にされたけど、気にしなかった。

 大好きな祖父が応援してくれたからだ。

 祖父は両親のように、私に何かを押し付けるようなことはしない人だった。私のつたない話に耳をかたむけ、一緒に私の興味関心を探してくれた。

 祖父との会話で、私は民俗学という学問を知った。

 誰かに言われるまま人生を選んできた私にとって、祖父と見つけた民俗学は宝物に思えた。カビくさ文献ぶんけんひもき、聞きなれない方言ほうげんを話す老人の言葉に耳をかたける。取りこぼしそうになる歴史をひろい上げ、必死に価値を探した。

 けれど社会に出れば、民俗学は無価値だった。就職活動は困難をきわめ、結局、まるで関係のない仕事にくことになった。その状況を両親はやっぱり、と馬鹿にした。

 祖父は、そんなことは関係ないと優しく言ってくれた。

「学問というのは、社会的地位や金銭的豊かさそのものではないよ」

 ──どこまでも、温かい人柄だった。

 その祖父が死んだ。心臓が上手く機能しなくなって、意識を失い、そのままだった。

 葬儀を終え、四十九日を過ぎた後、私はこれからどうしたら良いのかわからなくなっていた。

 私を唯一ゆいいつはげましみちびいてくれた祖父はこの世にいない。大好きな民俗学は生きていくにはあつかいにくい学問だ。仕事はせいで行い、自分で選択できる自由はかぎりなく少ない。

 それでも死んでしまってはいけないと考え、すがるように祖父のひんを片付けた。何かを手元に置けないかと探し、見つけたのはみ。

 祖父にはお気に入りの湯呑みがあった。昔、祖母が選んでくれた一品で、ヒビ割れてもしゅうし、丁寧ていねいあつかっていた。

 これを手元に置いておけば、多少は心が休まるかもしれない。そう思い、引き取った。

 それなのに、それをうっかり割ってしまったのが先週のこと。置いていた場所が悪かったのだ。湯呑みは粉々こなごなくだけ、しゅうふくは不可能だった。

 そんな時、死を思った。



 百鬼夜行とは、真夜中に行われる鬼や妖怪、つくがみの行進のこと。過去、もしこれに出逢ったのなら命を落とす、と恐れられていた。

「大切な心の支えを無くしたのです。だから……もう、いいかなと」

 自分の人生はここで終わり。これから先は、今を必死に生きている人に任せたい。私は必死になれないから、社会の役には立てないから、終わらせる。

 私の言葉に隣にいた老人が盛大にため息をついた。

「大事なものを無くすのはつらいわな……でも、それで死を選ぶのは、たんりょじゃないか?」

 老人の言葉に一瞬思考が停止し、それでもと思って首を横に振った。

「生きる気力が無くなったのです。これ以上は、がたい」

 そう呟いて、うつむいた。ぼんやりと蝋燭の明かりで見える、私の足。地面はアスファルトで黒く、影はぼやけていた。

「未来よりも過去が好きだと言ったな、じょうちゃん」

 老人の言葉にうなずいた。

 その気持ちは嘘ではない。祖父と一緒に見つけた、私の「好き」。それが過去だった。昔の人が何を考え、どのように生きていたのか。それを知るのが楽しかった。

 祖父のことを思い出し、鼻奥が痛み、視界が涙でうるむ。

「あんたからみりゃ過去ってのはだいなんだろうさ。だがな、昔の人からすりゃ、過去は今だったんだよ。過去は過去のままじゃねぇ」

 老人が暗闇の中でまいを正したのを感じた。蝋燭の明かりを見続けているせいで、暗闇を一切にんできない。老人が今、どのような表情をしているのかも、どのような姿でいるのかも、何もわからない。

「あんたが恐れている未来ってのも、少し先で生きているあんたからすりゃ過去そのものだ。時間ってのは切り取って考えるもんじゃねぇ。全体の流れなんだよ」

「……何が言いたいのですか」

 老人がいるはずの場所をぎょうする。暗闇が深いせいか、存在感がとても薄い。

「未来だ過去だと切り分けて考えても仕方がないってことさ」

 蝋燭の火が風にあおられて一瞬、消えそうになる。そのことに恐怖を抱いた。急いで手で火を囲み、消えないようにと守る。

 死にたいクセに死ぬ勇気のない、どうしようもない自分。

「あんたは、待っているんだろうなぁ」

 老人の言葉に不思議と涙がこぼれた。けれど両手はふさがっていて、ぬぐうことはできない。流れるがままにした。

「……何を、待っているというのですか」

 かろうじて、それだけを言葉にする。

 寒さで足の感覚がにぶくなっている。鼻と耳は冷え切って痛い。髪は時々吹く風でみだれている。

 老人がカラカラと笑った。その笑い方が祖父に似ていることを、この時気づいた。

「それを見つけるのが生きるということさ。大丈夫、あんたはこの百鬼夜行に連れて行かない。さ、家へとお帰り」

 その言葉に驚いた瞬間、強い風が吹いた。カタカタと笑っているかのような物音が風に流されていく。

 蝋燭の火が消えた。



 翌朝、私は捨てきれなかった湯呑みの破片を燃えないゴミに出した。大切で大事なものを壊してしまった罪の意識に涙が数滴こぼれたけれど、手放した。

 未来も過去も、同じ流れの中にある。だからこれから先、この湯呑みの代わりになるものを探し出す。それを決めたから、後悔はない。

 なんとはなしにSNSを検索したら、私が四辻に立っていた時間、目撃者がいたことを知った。

『蝋燭を持って女が立っている恐怖! まさか幽霊?!』

 とコメントされている。

 こうやって幽霊は作られるのだな、と笑ってしまう。笑うと少しだけ元気が出た。

 もしかしたら民俗学もこうやって作られていったのかもしれない、と想像する。誰かのちょっとした気づきが発展して、それが貴重な発見になる。発見に学者が意味を持たせ、学問に変化する。

 未来はいつか過去になるし、過去は未来から作り上げられた。

 その気づきを得られたから、四辻に立ったことも無意味ではない。

 面白くて検索を続けていく。そしたら目撃者は一人ではなく、数人存在したことを知った。誰もが『夜道に蝋燭を持って突っ立っている女』とおびえたコメントを残している。目撃者がいたことにまるで気づかなかった自分の無防備さに、今更ながら呆れてしまう。

 けれど、どんなに検索をしても老人を目撃したという証言は見当たらなかった。

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