必殺・にゃんにゃんパンチ!

天宮さくら

必殺・にゃんにゃんパンチ!

「ニャーン……よくぞここまで来たな」

 そう言って悪の帝王ていおう(見た目黒猫)・ブラックニャーンはニヤリと笑う。ブラックニャーンは俺たちよりもはるかに大きい。残虐ざんぎゃくな笑みに俺たちパーティーは背筋をこおらせた。

 けれど俺は歯を食いしばり、みんなの顔を見て回る。どいつもこいつもブラックニャーンのすごみにおびえている。眉をらし、歯をカチカチと鳴らし、自慢のヒゲはしょげている。

 それがくやしくて、叱咤しった激励げきれいをした。

じけるな! 今までの旅路を思い出せ!」

 俺以外のパーティは全員、猫だ。毛の色はなんでもござれ。赤毛のレッチッチ、黄毛のイエエー、青毛のブルルン、緑毛のグリッリ。

 俺の言葉にみんなは少しだけ勇気を取り戻した。うっかり取り落としそうになっていた武器をにぎりなおし、必死なぎょうそうでブラックニャーンをにらみつける。

 その姿を見て俺は安心し、前を見た。ブラックニャーンは俺たちがおびえて逃げ出さないことに鼻息をあらくした。

なま意気いきな生き物だ! 特にお前! ニャン族でもない生き物のクセに、私にさからうとはいいきょうをしている!」

 ブラックニャーンは俺をゆびしてえた。

 そう、四匹の猫(パーティーメンバー)に囲まれていう俺は、人間だ。


 * * *


 俺の名前はたから たもつ。元々は普通の日本人だった。近所の高校になんとなく通い、将来はどっかの企業に入社してサラリーマンをするのだと思っていた。

 事件が起きたのは、めずらしく雪が降った日だった。

 俺が住んでいた場所は雪なんて滅多めったに降らない。降っても積もることなく溶けて消える。それなのにその日は地面が少しずつ白くなり、気がついたら五センチほど積もっていた。

 けれど俺はそんなことに構わず自転車にまたがって、嫌々ながら学校へと向かっていた。

「どうして大雨の日は休校になるのに、雪が積もっても休校にならねぇんだよ」

 悪態あくたいを吐きつつ、ノロノロと前へと進んだ。

 あの時の俺は雪の上を自転車で走ることがあんなにも危険だとは想像していなかった。

 ちょっとした段差を自転車で乗り越えようとした時だった。加速をつけなくてはと思いペダルを強くんだ瞬間。

 ──目の前を猫が横切った。

「あぶねぇっ!!!」

 博愛主義者である俺は咄嗟とっさにハンドルを切った。急にタイヤを動かしたものだから、いきおいいよくバランスをくずした。しかも悪いことに雪がそれをより強力にした。

 身体能力をえる速度で横転おうてんし、運悪く頭を段差できょうした。



「ごめんなさいね、タイミング悪くて」

 目が覚めるとそこは暗い空間だった。声をかけてきたのは真っ白な猫。暗闇をらすような白さに一瞬見惚みとれたが、俺はその猫を知っていた。

 自転車ですっ転ぶ原因となった、目の前を横切った猫。

「私ってばいきおいで動いちゃうから、いつもあちこちに迷惑をかけてしまうの。そのおびに」

 そう言って白い猫が俺のほほめた。

「あなたをニャンダー島へ転生させてあげましょう」

「なんで?!」

 まるで意味がわからない。

 白い猫は俺のこうとんちゃくで、勝手に一人でしゃべった。

「とても良いところなのですよ、ニャンダー島。ただ最近、悪の帝王ていおう(ラスボス)ブラックニャーンが全権力をにぎろうと暗躍あんやくしていますけど」

「それのどこが良いところ?!」

「もちろん、あなたは人間のまま転生させましょう。人間はニャン族をほろぼすために使わされた悪魔のしんと言われていますが、あなたなら大丈夫」

「どこが?!」

「ああでも、身ひとつでの転生は不安ですよね。そんなあなたにラッキーアイテム!」

 そう言って白い猫が自分の前足をポキリとった。

「ぎゃああああ! あんたバカなのか?!」

 あまりの気色悪い光景に俺は叫んだが、白い猫は首をかしげる。

「バカ? そんなことありませんよ。これがあればニャンダー島で平和に生活できるでしょう。でもこれはチートアイテム。むやみに使わないでくださいね」

 白い猫は俺に無理やり折り取った手をにぎらせ、っていった。

 そして俺は強制的に行きたくもないニャンダー島へと転生させられたのだ。



 ニャンダー島での生活はなんの道のりだった。

 ニャン族(猫)に見つかれば、まず殺されかける。俺は敵ではないと散々さんざん説明し、納得してもらうまでにひと月。

 説得できたとあんしたら、隣の町から新しいニャン族。そいつらとり合いをし、収束させるのにまたひと月。

 やっと仲良くなれたと思ったら、今度は旅人のニャン族に追いかけ回され、最終的に国王に呼び出された。

「ブラックニャーンをらえよ。そしたらお前の生存をゆるしてやる」

 桃毛の国王猫の言葉にしたがうほかなかった。

 俺はものすごく苦労して仲良くなったニャン族たちと別れをげ、ニャンダー島をくまなく探検たんけんすることとなった。もちろん、ぎんはゼロだ。

 ブラックニャーンの捜索よりも、えとの戦い。きびしい旅路の途中で仲間たちと出会い、ブラックニャーンが大金を持っていると知った。

 それを手に入れればなんとかなるんじゃね? と俺は考えた。

 だから、出会った仲間達をなだめすかし、適当におだて、ブラックニャーン討伐とうばつへとり立てた。


 * * *


「そ、そうだぞみんな! ここでふんばらなければ我らが大将・タモツの命は消えてしまう!」

 レッチッチが叫んだ言葉に反応したのはイエエーだ。そうだそうだと声を上げる。

「タモツが死んでしまっては、俺たちのぼうが叶えられない! そんなことはさせないのだ!」

 イエエーの声にブルルンが涙を流す。

「我々の野望……タモツをニャンダー島の新たなる王とする! それが叶えられない悲劇などあってはならない!」

 ブルルンの涙をグリッリが優しくぬぐい、はげました。

「そのためにもブラックニャーンがめ込んだカリカリひょうろうをすべてうばい、換金かんきんするのだ!」

 パーティーの言葉を聞いたブラックニャーンが怒る。

「それではお前ら、盗人ぬすっとじゃないか! きっとそこの人間の入れ知恵だろう! これだから人間は悪! 許せん!」

 ブラックニャーンが目を光らせ、謎の光線を飛ばしてくる。俺たちはそれをれいによけつつ、かいをうかがった。

「ブラックニャーン! お前にうらみはないが、これも俺がこの島で天下を取るためには必要なせい! 許せ!」

 俺はふところにしまっていた白い猫の手を取り出す。

 それをブラックニャーンにきつけた!

「必殺・にゃんにゃんパンチ! くらえー!!!」

 俺の言葉に白い猫の手は反応した。ピカピカと光りかがやき、ブラックニャーンがくり出す光線をすべてはじき飛ばす。

「うぉぉぉぉっ!!!」

 ブラックニャーンがつうさけび声を上げる。それを聞いてレッチッチ、イエエー、ブルルン、グリッリが武器をかまえて近づいた。

「これで終わりだブラックニャーン! さあ、抱え込んでいるカリカリひょうろうを俺たちによこせ!」

「ふざけるな! あれは俺が長年、国王のお皿からかすめ取ってため込んだ努力の結晶! お前たちのようなノーテンキに渡したくないっ!」

 ブラックニャーンが必死にあばれ、仲間をみんなはじき飛ばす。そしてそのままポッカリと開いた穴の中へと落ちていく。

「みんなー!!!」

 俺はせい一杯いっぱい叫んで穴の中をのぞき込んだ。

 ……穴は意外とあさく、みんなかさなって横になっていた。見たところ怪我けがはない。

「さあ、これでお前もわりだ人間!」

 ブラックニャーンが最後の力をしぼり、み付いてきた。

「そうはいくか! にゃんにゃんパンチ、ほんりょう発揮はっき!」

 白い猫の手を投げる。手はブラックニャーンのおでこに当たり、燃えた。

「にゃんにゃんパンチでファイヤーだぁぁぁぁぁ!」

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 ブラックニャーンは火を消すため急いで水辺へと走り去っていった。


 * * *


 ブラックニャーンをたおした後の話をしよう。

 結論から言うと、俺は国王にとらえられた。ざいじょうは「国家こっか転覆罪てんぷくざい」と「カリカリひょうろうじょう混乱罪こんらんざい」。

「お前はやはり人間! ニャン族を危険にさらす悪いやつ! というかホワイトニャーンの手を投げつけるとか何考えてるの?!」

 牢屋に入れられた俺は、自分の運命をなげいた。

「なんで俺、こんな謎世界でろうに入れられているのさ?」

「それはあなたが私の手を投げつけるからですよ」

 気がつくと側には俺を転生させた原因・白い猫がいた。

「猫の手を借りておいて投げつけるだなんて、随分ずいぶんと乱暴なことをしますね」

「いやいやいや! 俺が悪いのかなこれ?!」

「まさか私の手を使ってブラックニャーンのおでこに火傷やけどを作るだなんて思いもよりませんでした。彼は少々カリカリ兵糧にしつし過ぎていますけど、可愛かわいらしい私の子供たち」

「ん? 子供たち?」

 首をかしげると白い猫はにこりと笑った。

「そういえばっていませんでしたね。私の名前はホワイトニャーン。ニャンダー島の神です」

 しょうじき今更いまさらそんなことを言うなんてきょうだろう、としか思えなかった。

「では、あなたをもといた世界に帰しましょう。お疲れ様でした、タモツ。たまにはこのような経験けいけんも良いものですね」

 白い猫の言葉を聞いたしゅんかん、世界が反転はんてんした。


 * * *


 気がついたら俺は雪道に転がっていた。いや、正確には自転車ですっ転んだ現場。頭にははげしい痛みがある。空からはチラチラと雪が降っている。

 急いで上体じょうたいを起こし、あたりを見回した。側には自転車がよこだおしになり、周囲には誰もいない。

 どうやら俺はすっ転んでからしばらくの間、気を失っていたらしい。

 じっと手のひらを見てみる。そこに白い猫の手は存在していなかった。

 せめてニャンダー島の思い出は何かないのかと必死に探す。

 けれど、白い猫はどこにもいなかった。

「俺、博愛主義、やめよっかな……」

 頭をさすりながらつぶやいた。

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