君は私のヒーローだから

天宮さくら

君は私のヒーローだから

 窓の側で日向ひなたぼっこをしていると、彼女が私の頭をいきおいよくでた。その乱暴な行為にあきれるけれど、彼女は私の気持ちなどまるで気にしない。

「よしよし。今日も可愛いねぇ」

 そう言って笑った。

 彼女の名前は日菜ひな。小学五年生だ。ランドセルと呼ばれる大きな鞄を背負って毎日楽しそうに過ごしている。

 これから学校に行くのだ。日菜は私の体に顔をうずめ、それじゃ、と言って離れる。

「いい子にしているんだよ、チャゲ」

 日菜の言葉に私はニャアと返事をし、学校へと向かう彼女を見送った。



 私は猫だ。今年で七歳になる。生まれて少しった頃、人間によってダンボール箱に入れられ、捨てられた。そんな私を見つけてくれたのが日菜だ。

 彼女は私を家へと連れ帰ると風呂場に直行した。そして私を水浸みずびたしにした。れるのが嫌いな私は大声でこうしたが、無視されたのをよく覚えている。そしてタオルで体をぬぐい、食事を与えてくれた。どこまで準備してくれた。

 日菜の少々強引な行動に私は辟易へきえきしたが、快適な環境を整えてくれたことには感謝している。

 日菜の両親は初め、私を連れて帰ってきたことをとても怒っていた。私は生き物だから、軽い気持ちで飼おうだなんて考えてはならないのだと教えたのだ。

 日菜は両親の言葉に反発した。

「私、ちゃんとお世話できるもん!」

 そう言ってかたくなに私を手放そうとしなかった。両親は日菜をなだすかして私を元いたダンボール箱に捨てて来るよう説得した。

 だが、両親の願いを日菜は聞き入れなかった。そんなことをしたら一生ゆるさないと言い放った。

 もしあの時ダンボール箱に再度捨てられたとしたら、おそらく私は死んでいただろう。

 私たち動物は、人間には見えない命の流れが見えている。運命といっても良いのかもしれない。あのままダンボール箱からだっすることができなかったら、私はえで確実に死んでいた。

 日菜は命の恩人おんじんだ。



 日菜が玄関を開けて外に出た後、私は嫌な感覚に包まれた。体の毛がさかで状態になり、ひげが引っ張られたように痛む。

 私は尻尾しっぽを立てて外を見た。

 日菜がはずむようにしてけて行き、遠ざかっていく姿がそこにはあった。

 ──ああ、行ってしまう。

 そう思った。

 日菜の姿が見えなくなるまで、私はじっとしていた。



 私の命は日菜に助けられたと言ってもごんではない。彼女は少々乱暴なところがある子だが、命の恩人だ。その考えはるがない。

 だから彼女の身に危険が及ぶというのなら、私は身をていして守ると決めている。



 日菜が家を出て十分後、彼女の母親のスマホが鳴った。それに応対する母親は初め、相手が何を言ったのかうまく理解できなかったらしい。何度も「うそですよね?」と確認を取っていた。

 ──それは嘘ではないと、私は気づいている。

 顔を上げて、空気を見る。運命が来たのだ。それも、受け入れがたい運命。

 母親が半泣きの状態で、勢いよく家を出る。玄関の扉は閉め忘れて行った。だから私も急いでその後を追った。

 母親が大声で泣き叫ぶ先に、日菜がいた。血まみれの状態で地面にうつ伏せになり、動いていない。側では車が電柱に突っ込んで止まっている。

 事故だ。

 それを確認してから私はそっとその場を離れた。


 * * *


「治る怪我で本当に良かった」

 お医者さんがそう言って笑ったので、私は笑顔でうなずいた。

「うん! チャゲが私のことを守ってくれたの!」

「チャゲ? それは何なのかな?」

 お医者さんが不思議そうに首をかしげながら、怪我の状態を見ていく。お医者さんの行動を邪魔しないように気をつけながら、私は質問に答えた。

「チャゲはね、私の大事なお友達なの! 茶色の毛をした猫ちゃん!」

 そう言って自慢の友達の名前を呼んだ。私の言葉にお医者さんはそうか、と言って笑ってくれる。

「それは大事にしないとね」

 お医者さんはそう言うと、私の側を離れて病室を出ていった。



 私はこの間、事故に巻き込まれた。

 車が後ろから突っ込んできたのだ。けようと思ったけれど、体がこわばって動けなかった。気がついたらね飛ばされて、意識がなくなっていた。

 目を開くと真っ暗な世界に立っていた。周りが全然見えなくて、どちらに行けば正解なのかわからなかった。立ち止まっていると、体がどんどん冷たくなって、少しずつ動きづらくなっていった。

 その時、私は死んだのだと理解した。

 怖くてどうしたらいいのかわからなくて泣いていたら、足元でニャアと鳴く声が聞こえた。

 見ると、そこにチャゲがいた。

 チャゲは私の足に体をり付けて、元気を出せとはげましてくれた。そして、こっちに来いとばかりに前を歩いて、私がついてくるのをじっと待った。

 ──チャゲが私を助けてくれる。

 それがわかったから大人しくチャゲの後ろを歩いた。しばらく歩いていると、徐々じょじょに世界が明るくなり始め、全体がくっきりとしてきた。

 気がつくと病院のベッドに寝っ転がっていた。



「ただいま〜!」

 事故からひと月。私は病院を退院し、久々に家に帰ってきた。

「チャゲ! 帰ってきたよ〜!」

 そう言ってチャゲを探す。日向ぼっこのできるお気に入りの場所にいるのではないかと見に行くけれど、いない。ならベッドの上かと思って探すけれど、そこにもいない。

 思い当たる場所を全部見て回るけれど、チャゲはどこにもいなかった。

 嫌な予感がして、駆け足でお母さんのところへ行った。

「お母さん、チャゲがいない」

 私の言葉にお母さんは困ったような、悲しいような、そんな顔をした。



「日菜が事故にあった日、玄関先で死んでいたのよ」

 そう言ってお母さんが見せてくれたのは、チャゲの仏壇だった。それは玄関入ってすぐの棚の上に造られている。

 チャゲの体は焼却炉で燃やさなくてはならなかったから、そこにあるのはチャゲの首輪だけ。それを写真と一緒に額に入れて飾っている。

「たぶん、日菜の身代みがわりになってくれたのだと思う」

 そう言ってお母さんが泣いた。その言葉を聞いて自然と涙があふれる。

 ──ああ、そうか。

 真っ暗な世界に迎えに来てくれたチャゲ。そして私を病院のベッドまで連れて行ってくれた。私が生きる代わりにチャゲはあの世界にとどまったのだ。

「チャゲ……ありがとう」

 そう言った後、ニャアとチャゲが鳴いた気がした。


 * * *


「日菜って好きな人、いないの?」

 親友の美香みかがそう言ってホットケーキをほおった。

 時刻は十五時過ぎ。明日になれば私たちは高校を卒業し、それぞれ別の人生を歩む。その前に美香と一緒にお茶でもしようと言って近所の喫茶店に来ていた。

 机には可愛くデコレーションされたホットケーキが置かれている。それをフォークでつつきながら私は美香の質問に頭を悩ます。

「好きな人…………好きな人かぁ。いないなぁ」

「ええ〜? そうなの? 付き合いたいタイプとか、ないの?」

 そう言って美香が首を傾げる。

 美香には去年から付き合っている彼氏がいる。高校卒業後は二人で上京し、大学生活を楽しむのだと聞いている。

 美香は私が恋愛にまるで興味をしめしていないことを心配しているのだ。

「付き合いたいタイプかぁ」

「そうだよ。日菜ってば、恋愛に奥手じゃない? 可愛かわいいのに勿体もったいい」

 その言葉に私は苦笑する。

 勿体無いと言われても、と思う。なかなかピンと来る人にめぐり会えないのだ。こればかりはよういと思う。

「そうだなぁ…………チャゲみたいなヒーローなら、お付き合いしたいな」

 私の回答に美香が前のめりになる。

「チャゲ? 何それ? イケメンアイドルか何かなの?」

 その言葉に私はクスリと笑い、昔飼っていた猫を思い出す。



 私が子供の時に拾った一匹の猫。

 死の直前、身代わりになって私を現実に引き戻してくれた、大事な友達。

 彼が人間にけて目の前に現れてくれたのなら、私は絶対に恋をすると決めている。

 だって彼は私だけのヒーローなのだから。

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