高級バナナに出会ってしまった

天宮さくら

高級バナナに出会ってしまった

 私は週に一度、贅沢ぜいたくをする。

 いいじゃないか。年齢三十六。女で一人暮らし。かせぎはホワイト企業にすべり込めたおかげでそこそこある。

 彼氏は人生で三人いたけれど、どれも結婚にはいたらなかった。一人は二股をするし、一人は大喧嘩をして別れた。そして最後の一人は「別れるから」と言って散々私を振り回した挙句あげく、別の女をはらませて消えていった。

 男を見る目が無さすぎるとか言うな。自覚しているから。

 だから私は生涯伴侶はんりょとなる男探しをあきらめ、人生を充実させることに注力した。

 その一つが、週に一度の贅沢。それは「高級フルーツを買って食べる」というもの。



「どのフルーツにしようかなぁ」

 そうつぶやきながら私は八百屋やおやの前で目つきをするどくする。

 私が愛用している八百屋は仕事帰りの途中にある。昔ながらの日焼けが目立つ看板をかかげた八百屋で、野菜や果物がいつも美味しそうに配列されている。側を歩くと食べ物そのものの美味しそうな香りがふわりとただよってくる素敵な八百屋だ。

 私が週一で購入する高級フルーツはいつもこの八百屋で調達している。

 今日はマンゴーを購入するか、バナナを購入するかで悩んでいる。

 マンゴーは一個三千円。網状になった発泡スチロールに包まれたマンゴーはあざやかな黄色と赤色にまっている。顔を近づけなくても美味しい香りがするほど完熟している。

 一方、バナナは一房五千円! 高すぎる! バナナでどうしてこんなにも高いのだろう? おそらく、桐箱に入っているからに違いない。

 五千円のバナナは日本酒が入っていそうな桐箱に入っている。一房五本。箱の中にはバナナが痛まないように細長い紙束がめられている。

 マンゴーにするか、バナナにするか。

 悩みながら私は財布を開いて中身を確認した。

 私が愛用している八百屋は現金主義だ。クレジットカードはダメだし、電子マネーなんてあり得ない。現金がすべての世界だ。

 現金がすべてなのに千円以上の高級フルーツを売るなとか言うな。(気持ちはわかるけど)それが八百屋の意地なのだ。

 財布を開いて見てみると、現金は四千円。

 購入すべき高級フルーツは確定した。

「すみませ〜ん! このマンゴーください」



 マンゴーは絶品だった。やはり香りが違う果物は格が高い。ちゃちなデザートにちょろっと入っている果物とは比べ物にならないくらい、美味うまかった。

「やっぱり高級フルーツは最高ね!」

 そう言って私は今週頑張った自分をねぎらい、ベッドにもぐった。

 高級フルーツと私の関係は「出会いと別れ」。美味おいしそうな高級フルーツが八百屋に並び、私が出会う。運が良ければ購入し、私の口に入って消える別れ。

 私にとって高級フルーツは「出会いと別れ」そのものなのだ。

 ベッドに潜って思ったのは「あのバナナはどの程度美味しかったのだろう?」ということだった。

 高級フルーツの出会いはいちいち。場所とタイミングが大切なのだ。フルーツはせんが命。のがすともう二度と会えない。八百屋で出会えたのなら、それは運命。私の口に入るさだめだったのだ。

 でもあのバナナは現金が足りないがために手に入れることができなかった。

 …………くやしい。

 その気持ちがぬぐえない。

 どうして私は今日、財布に四千円しか入れておかなかったのだろう。どうしてATMから現金を下さなかった? 今日は週に一度の高級フルーツデー。私にとって大切な人生いろどり日なのに。

 私は暗闇の中、一つの決断をする。

「来週はあのバナナを買ってみよう」

【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】あれを食べたくて仕方がない。



 週に一度の高級フルーツデーが来た。私は仕事を定時で切り上げ、急ぎ足で八百屋へと向かう。

「あの、高級バナナ……桐箱に入ったやつ、ありませんか?」

 駆け足気味で八百屋へ行き、品揃えを見ることなく八百屋のおじさんに声をかける。おじさんは私の質問に少しだけ眉をあげ、目をぱちくりさせた。

「今日はあのバナナが欲しいの?」

 おじさんの言葉にうなずいて私はバナナが置いてあった場所を見る。

 そこに桐箱はなかった。

「ごめんねぇ。売れちゃったんだよ」

「え?! 売れた?!」

 おじさんの言葉に私は衝撃を覚える。

【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】が、売れただと?! まさか?! だって一箱五千円だよ? バナナだよ? それが、売れただなんてあり得るのか?!

 フリーズしてしまった私をあわれむようにおじさんが声をかけてくれる。

「今日は置いていないけど、来週にはまた入荷するから」

「そ、そうですか」

 私がおじさんの言葉にぎこちなく頷き、美味しそうなみかんを一袋買って家路についた。



 今日こそリベンジ。

 週に一度の高級フルーツデーがやって来た。私は定時ピッタリに会社を出て、半ダッシュで八百屋へと向かう。

 ──高級バナナを買ってやるっ!

 この一週間はその思いでメラメラと燃えていた。

 仕事をしている間はバナナをことを忘れていられた。けれど一人になるとダメだ。【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】の存在が頭の中をグルグルと回り、食べられなかった悔しさで胸がいっぱいになる。

 どうしてあの時、私は四千円しか持っていなかったのか。

 悔しくてたまらない。あの出会いを無碍むげにしてしまった自分が許せない。

「すみません! 高級バナナは?」

 駆け足気味で八百屋に行くと、おじさんがショックを受けた表情をした。

「あ………………」

 その反応でおじさんが何を言いたいのか瞬時に理解した。

 恐る恐る【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】がちんしているはずの場所を見る。

 そこは、空洞くうどうだった。何もない。そこにあったものが無くなった、という空白だけが存在している。

「ご、ごめんねぇ……ついさっき買われてしまって」

 項垂うなだれる私をなぐさめるようにおじさんがそう言った。

 ──どうやら高級バナナをねらうライバルは世の中に大勢いるらしい。

「いいえ。大丈夫です。…………来週も入荷しますよね?」

 私の確認におじさんは力強く頷いた。


 * * *


 私がバナナを好きになったのは小学五年生の時だった。

 小学五年生の女子は男子よりも恋愛感情に敏感びんかんだ。誰がカッコいい、誰がイケメン、誰が誰を好きなんだ。そんなはなやかな話が女子の間でたくさんささやかれていた。

 そんな環境の中にいた私にも、もちろん好きな子がいた。その子は体格がよく、クラス内のムードメーカーだった。イケメンではなかったけれど、男子からの評判が良い子。一部の女子はけむたがっていたけれど、私は好きだった。

 小学五年生の一学期に遠足に行くことになった。行き先は近所の博物館。博物館見学が終わった後、近場の公園に行き、お弁当を食べる。散歩をして学校に戻ってくるというイベントだった。

 遠足に予算三百円以内でお菓子を持参しても良かった。

「バナナはお菓子に含まれますか?」

 よくある質問だ。人生一度なら誰もが聞いたことがある言葉。それを私が好きな男子が発言した。

 彼が発言したことでクラス内がにぎやかになった。当時の小学生にとって彼の発言は新鮮だったのだ。

 けれど彼はいたって真面目な表情だった。みんなが笑うのが不思議だったらしく、首を傾げ、先生の返事を待っていた。

「バナナは……まあ、予算内に入るなら持ってきても大丈夫ですよ」

 先生の言葉を聞いて彼は満足そうに頷いた。

 休憩時間になった時、私は彼に質問した。

「どうしてバナナを持って行きたいの?」

 私の質問に彼はニコッと笑顔を見せた。

「俺、バナナが好きなんだ!」

 その笑顔を時々、夢で見る。そのたびに私は彼のことを想った。

 ──元気にしているかな? どんな男性に成長したのだろう? 今もバナナが好きなのかな? 彼は【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】を食べたことあるのかな?

 私は小学校を卒業して以来、彼に出会えていない。


 * * *


「きょ、今日こそは!」

 仕事が終わると同時にもうダッシュで八百屋に向かった。毎週フラれ続けている【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】を食べなくては神経が落ち着かなくて仕方がない。おかげで最近、一人でいると「魂が抜けている」と職場の同期に言われてしまった。

 私が八百屋に到着したタイミングで、おじさんは誰かに【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】を渡していた。受け取っているのは男性。年齢は私よりも少し上に見える。背丈はヒールを履いている私よりほんの少しだけ高いくらい。目が悪いのか黒縁メガネをかけている。

「ま、まいどあり〜…………」

 おじさんが私を横目で見ながらお客さんを見送る。

「あ………………バナナ………………」

 そうつぶやいて私は脱力した。ガクリと項垂うなだれ、地面に膝をつく。久々に全速力で駆け抜けたから足腰がガクガクと震えているのだ。

 ──今日もまた、ダメだった。

 なんということだろう。こんなにも【桐箱に入った一箱五千円の高級バナナ】を手に入れるのは難しいことなのか! 予想外すぎる!

 運命的な出会いを「手持ちの現金が足りないから」という理由で失ってしまった。あの時、あきらめて別れるんじゃなかった!

 何故なぜかわからないが、ボロボロと涙がこぼれ始める。

「ご、ごめんよぉ。こっちも商売だからさ」

 おじさんが私の背中を優しくでてくれた。その優しさに私は頷きながらボロボロと涙をこぼし続ける。

 店の奥からおじさんの奥さんが出てきた。私が泣いている姿を見て驚いたように目をパチクリし、あきれたように言う。

「あんた、そんなにも食べたいんなら予約注文すればいいじゃないか」

 奥さんの言葉に涙がピタリと止まった。

 ──なんだって?!

「予約注文?! 出来るのですか?!」

「そりゃ出来るよ。うちは八百屋だよ?」

 そう言って奥さんがガハハと笑う。それにつられておじさんも笑った。

「そうだよ、そうしな。そうすりゃ来週には確実に買えるから」

 ──そっか。…………そっかぁ!

 二人が笑うから、私も思わず笑ってしまった。

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