学校にある銅像について調べてみた

天宮さくら

学校にある銅像について調べてみた

 僕が通っている小学校には変な銅像がある。

 その銅像は自転車置き場の端っこにある。小学校に自転車で通う生徒はいないので、利用者は教員や保護者ばかりだ。大人たちはその銅像を見る機会が度々あるけれど、生徒の僕たちにはえんがない。

 自転車置き場は校内の角。出入り口から一番遠い場所にある。びついた屋根がポツンと置いてあるだけのさびしいものだ。

 その隣に立っている銅像は、とても気味が悪い。

「あの男の銅像、キモいよね」

 そうささやく女子生徒が後を絶たない。それも仕方のないことだと思う。だってその銅像は、裸なのだ。

 いや、裸というのは言い過ぎか。銅像はパンツをいている。大事な部分を最低限隠してはいるのだ。

 足や腕には、盛り上がるほど成長した筋肉。銅像はそれを見せびらかすようなポーズをとっている。

 そう、この銅像はボディービルダーなのだ。

 なぜ小学校の校内にボディービルダーの銅像があるのか? 小学六年生の僕ですら理解に苦しむ。

 この謎をいつか解明したい。

 そう考えていた時、社会科の授業で宿題が出た。



「来週までに課題を決めて調査してください。最後にみんなの前で発表するまでが授業です。頑張りましょう!」

 クラス担任の先生がみんなに呼びかける。けれどクラスのみんなは元気がない。面倒そうな宿題が好きな奴なんていない。大嫌いだ。しかもみんなの前で発表するとか苦痛でしかない。

 でも僕はこの宿題にワクワクした。

「調べる内容はなんでも構いません。せっかくの機会なので、思いっきり楽しんでね」

 先生がそう言った直後にチャイムが鳴った。その音に退屈そうだった生徒全員が一斉に反応する。起立、令、と挨拶をして、嬉しそうに席を立った。

 今日の授業はこれでおしまい。十分間の休憩をはさんだ後、放課後ホームルームだ。それが終われば家に帰れる。

 みんなが楽しそうに話をする間、僕は一人机でじっと考え事をした。

「おい、どうしたんだよ?」

 友人の橋本が僕に尋ねた。その質問に僕は思わず険しい顔をしてしまう。

「なあ、さっきの宿題、どう思う?」

「どうって……面倒くさいなとしか思わねぇよ」

 橋本はそうつぶやいて嫌そうな顔をして見せた。

「僕は、あの銅像の謎を探ってみようと思うんだ」

 僕の言葉に橋本はハッとしたように僕を見た。そして、声にならない音量で嘘だろ、と呟く。

「お前、あの筋肉マッチョ像を調べるっていうのか? やめておけ。あれは関わると呪われると言われている」

「そんなの、やってみなくちゃわからないさ」

 僕の身を案じて必死に止めようとする橋本に、首を横に振ってこたえた。

 ──僕の探究心を止めようったって、そうはいかない。

 僕は来週の発表までに何をどのように調べたら良いのか真剣に考えた。



「ねえ、父さん」

 遅い夕食を食べている父さんに僕は声をかけた。

 父さんは仕事後の疲れた表情をしていたけれど、僕の声に反応してくれた。どうした? と視線を寄越し、僕の顔をじっと見る。

「調べ物をしようと思うのだけど」

 僕の言葉に父さんは眉を上下に動かした。父さんが興味を示した時のクセだ。それを見て僕の気持ちは弾む。

「調べ物って、どんな?」

「学校に変な銅像があるんだ。それを調べようと思う」

 僕たちの会話を母さんがにこやかに聞いている。口を挟みたそうだけど、これは男同士の話し合いだ。僕はお母さんの様子を見ないように気をつけた。

「変な銅像か。なかなか面白そうな調べ物だな」

「そうなんだ。でも、どこから調べたらいいのかわからない」

 僕の悩みに父さんは笑顔を見せた。それを見て僕は安心する。

 ──父さんはなんでも知っている。もし今すぐ答えられない問題だとしても、調べ方を知っている。頼りになる男なのだ。

「銅像を調べるというのなら……まずはその台座を調べてみることだな」

「台座?」

 僕が首を傾げると、父さんはニッと笑った。

「銅像本体の下にある石だよ。そこに銅像の情報がまっている」

 僕は父さんの言葉にうなずき、翌日しっかり調べてみようと心に決めた。



 昼休み中、銅像を調べに行った。学校内ではこの銅像は呪いの銅像だとされている。どうしてかというと、見た目がキモいから。銅像は気持ち悪い笑みをしているのだ。こんなものが身近にあると思うだけで不思議と気持ちが沈んでしまう。

 僕は呪いのことが気になりつつも、勇気を出して銅像の台座を見た。

 台座には『岩山源五郎・88歳』と書かれていた。

 それを見て僕は腕を組んだ。眉を寄せ、文字の意味を考える。

「……これってどういう意味なんだろう?」

 岩山源五郎、というのがこの銅像のモデルなのだろう。ただ、88歳というのがよくわからない。

 この年齢にどんな意味があるのだろう?

 年齢の謎を解くために、僕は学校図書室に向かった。



 図書室に常にいる先生に88歳の意味を尋ねてみた。

「88歳はべい寿じゅね」

 先生の言葉に僕は首をかしげた。

「べいじゅ? それって何ですか?」

「おめでたいってことよ」

 そう言って先生は本を一冊見せてくれた。そこには年齢によって呼び方が変わる、と書かれている。なかなか面白い考え方だ。

 けれど今はそれにこだわっている場合じゃない。

「あの、自転車置き場にあるマッチョの銅像。あれを調べているのですが」

 僕がそう尋ねると、先生の表情が変になった。そんなこと聞かれても困る、といった表情だ。これ以上尋ねるのは申し訳ないな、と思うような表情。

 けれど、これは僕の宿題なのだ。出来うる限り調べてみたい。

 …………そもそもどうしてボディービルダーの銅像が学校内にあるのか。その不気味な理由を解明したいのだ。

 僕が単なる興味関心で言っているのではないと先生は理解してくれた。だからちょっと待って、と言って僕を引き止めた。

「校長先生に話をしてもらえるかどうか聞いてみるから」

 先生の言葉に僕はハッとした。

 ──なるほど。校長先生ならあの銅像の謎を知っているに違いない。

 先生が校長先生と日時を調整してくれたおかげで三日後の昼休み、校長先生と二人きりで話ができることになった。



 校長先生と話ができる昼休み。僕は給食を校長室で食べることになっていた。

「あの銅像の謎を知りたいんだってね?」

 校長先生はそう言って僕を見た。

 校長先生は大きい。動物で例えるならゴリラがそっくりだ。ただゴリラのように毛むくじゃらではない。むしろ頭上は禿げ上がっている。

 僕は校長先生の質問にひるむことなく頷いた。

 あの気味の悪い銅像の正体を知る。そうすることで「あの銅像は呪われている」という変な噂を無くしてしまいたい。

 僕が真剣に調べているのだと知り、校長先生はげんある頷きをして見せた。

「……君には真実を知る勇気があるのだね」

 校長先生の言葉は小学生に聞かせるものではなく、一人の人間に対してするものだった。そのことに僕は緊張し、つばを飲み込んだ。

 ──いったい、どんな真実があるのだろう?

 校長先生は一度、からぜきをした。

「まず、岩山源五郎さんのお話をしなくてはならないね」

 そう言って校長先生は体を揺らした。



 岩山源五郎さんは県内でとても偉い人だったらしい。県の知事を裏でサポートする、凄い人だったそうだ。

 その岩山源五郎さんは大金持ち。お金の力で政治に意見を伝えていた。長生きをされた人で、88歳の誕生日にふとひらめいたそうだ。

「米寿を盛大にお祝いしたかったそうだよ」

 そう言って校長先生は困ったように頭をかいた。

 岩山源五郎さんは米寿のお祝いに自分の銅像を作ることにしたそうだ。そしてせっかく作るのなら、思いっきりカッコいいものがいいと思ったらしい。

 そのカッコ良さが、ボディービルダーだったのだ。

「60歳を過ぎた頃、岩山さんは体を筋肉質にすることに夢中になられてね」

 校長先生はそう言って苦笑いをして見せた。

 かなり本格的なきたえ方だったそうだ。プロテインを飲み、スポーツジムに通い、走り込みをたくさんした。その甲斐かいあって、80歳過ぎても足腰健康だったらしい。

 一番肉体が輝いている時を銅像にしたいと岩山源五郎さんは願った。

「けれどそんな銅像、県にぞうされてもね。県庁が困ってしまって」

 岩山源五郎さんは自分の米寿祝いの銅像を県庁に押し付けた。校長先生曰く「自分の頑張りをたたえてほしい」という意味らしい。ただ、県庁は困ってしまった。

 それはそうだろう。気味の悪いボディービルダーの銅像。そんなものを県庁に飾るなんてこと、できるわけない。

 銅像はあちこちにひと月ほど置かれては移動を繰り返したそうだ。どこの部署も「気味が悪い」と言って長期間置くのを嫌がった。

 そんな流れで僕が通う小学校にやって来た。その時まだ岩山源五郎さんはご存命で、最後の居場所はどこになるのかと心配していたらしい。

「そんな時、事件があってね」

 校長先生が言うには、銅像が学校にやってきた時、学校に泥棒が入ったらしい。その泥棒は警報器が鳴って慌てて逃げる時、銅像に鉢合わせしたのだ。

 暗闇の中でたたずむ銅像は、とても不気味なものだった。

 泥棒は腰を抜かし、警察が現場に駆けつけるまでパニックだった。

『泥棒を捕まえることのできる銅像』ということで、岩山源五郎さん米寿祝いの銅像は僕たちの学校にあんされることとなった。



「だから僕たちの学校にあの銅像はあるのです。おしまい」

 僕の発表が終わると、クラスの何人かが拍手はくしゅをしてくれた。

 なんてくだらない結末だろう。でも、僕は調べることができて満足だった。

 ──調べてみなくてはわからないことが世の中にはたくさんある。

 それがわかったのだから。

「あの銅像、意外と役に立つんだな」

 発表が終わった後、橋本がそう言ってくれたのが救いだった。

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