夢を映す方法

天宮さくら

夢を映す方法

 三台のデスクトップには男女がヤッている映像が映し出されている。俺はそれらを見比べながら、今度売り出すAVの映像を編集していた。どの角度がより興奮し、どの角度がより刺激的なのか。そんなことを瞬時に判断しながら、映像を細かく区切っては繋げ、一本の作品に仕上げていく。

 AV撮影会社に入社したすぐの頃は、ヤッているシーンを見つつ作業するのは苦痛だった。ズボンの中でイチモツが張り詰めて痛かったのだ。けれどそれも今では何も感じない。ただ淡々と作業をこなすだけとなっている。

 この仕事に就いたのは今から五年前。入社した当時の俺は、夢であった映画監督を目指しつつ、日銭を稼ぐ方法を模索していた。

 夢を追うのは難しい。

 今の仕事に就く前は地方ローカル局に勤務していた。カメラマンが撮ってきた些細な日常の出来事。その素材を加工して、お茶の間で見やすい映像に仕上げる作業を主にしていた。

 つまり、編集だ。

 効果音をいれ、文字を挿入し、一番見栄えのよい映像を探し出す。その作業を繰り返すことで五分から十分程度の映像作品を毎日、飽きるほど作っていた。

 作業そのものは嫌いではなかった。映像をいじるのは楽しい。自分が狙った反応を視聴者が返してくれると単純に嬉しかった。

 ただ、それだけでは一生夢は叶えられないと思った。地方ローカル局の局員である、という現実は変わらずに人生が終わると感じたのだ。

 将来映画監督になるための下積みができる仕事。それを探して見つけたのが今の仕事だ。

 AV撮影会社では将来監督志望の人材を募集していた。仕事内容は雑用から始まり、少しずつ作業を覚え、最終的にAV作品を一本撮る。それでうまくいけば映画館で放映されるようなものを手掛けさせてもらえる環境だった。

 AVは売上が安定している。エロは人間の生存本能だ。だから需要が尽きることない。しかも顧客は同じものを求めない。常に新しく、過激なものを探している。それさえ提供できれば赤字になることなどない。監督としての技術を磨くのなら選択肢としてアリだと思った。

 地方ローカル局からAV撮影会社への転職。ある人は「馬鹿らしい」と言い、ある人は「間違っている」と言った。

 けれど俺は映画監督になりたいという夢を抱いている。だから、他の人が何と言おうと気にすることなく転職した。

 地方ローカル局で編集の作業をある程度経験していたから俺の下積み時代は短かった。すぐに監督補助まで役職が上がり、いろいろな撮影現場に連れて行ってもらった。会社に在籍している監督に気に入られているのだ。ありがたい話だと思う。

 ただ最近、このままで良いのだろうかと不安になっている。



 俺が映画監督を目指したきっかけの作品がある。その作品はコメディ映画だった。

 そのコメディ映画は台詞回しが絶妙で、何度見ても笑うことができた。それがたとえ失恋で心が痛い時であっても、親友が事故で死んだ時であっても、だ。どんなに気持ちが沈んでいても、その映画を見れば俺は笑うことができた。

 悲しみに暮れている人を笑顔にできるコメディ映画。そんなものを撮ってみたいと願ったのは高校生になってからだった。

「お前、そろそろ一本撮ってみるか?」

 徹夜で編集したAV作品のデータを渡す時、そう言われた。言ったのは俺が編集した作品の飯田監督。五十もだいぶ過ぎて性欲は枯れてしまったかのような細い男性だ。その人がタバコの煙でしゃがれた声で俺に尋ねたのだ。

「それはつまり」

「監督業、やってみないかってことだな」

 飯田監督がタバコの煙をゆっくりと吸って、吐いた。その目つきに嘘はない。

 どう返事しようか、躊躇する。

 最近、俺はこの仕事をやり続けている意味を見失っている。

 俺がこのAV撮影会社に入社したのは、将来自分が撮りたい映画を撮るためだった。俺が撮りたい映画はコメディ。悲しい気持ちにいる人に笑顔を届けるような作品を撮ってみたい。それが夢だ。そのための技術を得るためにAV撮影会社に入社した。

 けれどここに来てやっていることは、男女のヤリ場をひたすら映し、加工する作業ばかり。考えることは監督業のことではなく、どうやったら視聴者が興奮してくれるだろうかと頭を悩ますばかりだった。おかげで俺のイチモツはうまく機能しなくなった気がする。これでは地方ローカル局員であった頃と何も変わらない。

 このままAVを撮り続けて、俺は人を笑顔にするコメディ映画を撮る映画監督になれるのだろうか? その疑問が胸に渦巻いている。

 けれど、それでも、と思った。

「やってみたいです」

 飯田監督の目を見て返事をする。

 AV監督になるのは俺の夢ではない。俺はコメディ映画を撮る映画監督になりたい。だから監督としてAVを撮る経験は必要ない。

 けれど、AVであろうとなかろうと、監督は監督だ。今までの経験では知り得なかったことを知る良い機会になる。そう信じている。だからこそ地方ローカル局を辞めてAV撮影会社に転職したのだ。

 会社を辞めるか辞めないかは、その後考えればいい。

 俺の返事に飯田監督はよし、わかった、と言った。



 俺が監督をやると決まった後、まず最初に脚本を準備するよう言われた。AVなのに脚本? と疑問に思われるかもしれないが、場面設定や盛り上がりを本番前にきちんと抑えていた方が、視聴者は映像に没頭してくれる。

 だから脚本は重要だ。

 そう思って机に向かうものの、どんな舞台にすればいいのか戸惑った。

 今まで数々のAVを編集してきた。学校の教室、プールサイド、職場の会議室、アンダーグラウンドの酒場などなどなど。先人がやるだけやっているから、空いている隙間がよくわからない。

 どうすれば尖った作品を作ることができるのか? どうすれば大勢の男性に刺激を与えることができるのか? 何よりも、俺の夢の糧になるようなAV作品はどのようなものなのか?

 それを考え出すと、ゴールが見つからなかった。

 悩み続ける俺に飯田監督がヒントを投げてくれた。

「お前が映像業界に入りたいと思ったきっかけを参考にすればいい」

「きっかけ、ですか? でもそれはAVじゃないですよ」

「AVであろうがなかろうが関係ない。お前が撮りたいと願った題材を織り込んでみたらいい。ちなみに俺は時代劇だった」

 飯田監督の言葉に俺は変な声を出してしまう。まさか飯田監督にAV以外に撮りたいものがあったとは、しかもそれが時代劇だとは思わなかったのだ。

 俺の反応に飯田監督がニヤリと笑った。

「なかなか面白い作品に仕上がったんだぜ? ま、頑張れ」

 そう言って、俺の肩を優しく叩いてくれた。



 飯田監督のアドバイス通り、俺は映像業界に入るきっかけを盛り込むことにした。

 コメディだ。

 ただ、AVは生存本能に訴えかけるものだ。神経を興奮させ、発汗を促し、呼吸を短くさせなくてはならない。それなのにコメディはそれを阻害する。そこをどのように落とし込むのか苦心した。

 悩む度に飯田監督にアドバイスを求め、それがあってなんとか脚本は完成した。けれど、映像の主役である女優さんに俺の台本は嫌がられるのではないだろうかと不安になった。

 彼女たちはこの世界を生き抜くためにいつも真剣だ。その真面目な演技に笑いの要素があるのは失礼なことなのかもしれない、と思えた。

 俺の心配は杞憂だった。意外にも主役の女優さんが脚本を読んで、乗り気になってくれたのだ。

「こういうノリ、いいと思いますぅ〜!」

 そう言って笑ってくれたから、彼女に失礼のない映像を撮ろうと思った。

 撮影の舞台を整え、全体のノリを調整し、思いっきりヤッてもらった。その勢いが激しくて、久々に立った。

 撮影が終わった後、自分の手で編集した。他の誰かに頼んでもよかったのだが、人生初めての監督作品だ。細かいところまでこだわりたかった。

 売り出した俺の初監督作品・コメディありのAV作品は、そこそこ売れた。パッケージのインパクトとヤるまでの流れが高評価だった。ヤッている映像は初めふざけ過ぎた感もあったが、半ばあたりからの本気具合がよかった。そこで一気に映像の雰囲気がコメディからAVに変わり、より興奮を促すことに成功したのだと思う。

「それで? これからどうするんだ?」

 初監督作品がそこそこ売れた後、俺を監督に推薦してくれた飯田監督にお礼を言いに伺った。その時にそう聞かれたのだ。

「どう、とは」

「会社、辞めようか悩んでいたんだろう?」

 飯田監督はそう言って、吸っていたタバコの火を消した。消す瞬間、煙が俺のいる場所にふわりと漂ってきた。

「辞めませんよ」

「辞めないのか」

 飯田監督の問いに俺は頷いた。それを見て飯田監督は笑みを見せる。そして、頑張れよ、と言って立ち去った。その後ろ姿を見送った後、俺は一人、深呼吸した。

 俺の夢はコメディ映画の監督になること。AV監督になりたい訳ではない。ただ、やり方を考えれば可能性は広がることを今回知った。

 だから、もう少しここで監督をやってみようと思う。

「もっと頑張らないとなぁ」

 そう呟いて俺は目をこすった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢を映す方法 天宮さくら @amamiya-sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ