姉ちゃんは勘がいい

天宮さくら

姉ちゃんは勘がいい

 俺には三つ年上の姉ちゃんがいる。名前は波津子はつこ。現在高校一年生。少々気が強いのが玉に瑕だが、そこそこ仲が良い。

 姉ちゃんはものすごく勘がいい。どのくらい勘がいいかというと、サスペンスドラマの犯人は登場したタイミングで見破るくらいに勘がいい。

 姉ちゃんが「あ、こいつが犯人だよ」と言えば、ドラマの中で犯人役がどんなに否定的な言動を取ろうとも、話の流れ的にあり得ないだろうと思っても、必ず犯人なのだ。

 そのため俺は姉ちゃんと一緒にサスペンスドラマを見ないことにしている。せっかく見るのだ、犯人は最後までわからない方が面白いに決まっている。

 他にも、姉ちゃんは迷った時の選択に間違いがない。例えば、道に迷った時。

 俺は方向オンチだ。しかもかなりの。デパートやスーパーに行けば、なぜだかわからないが正面玄関ではなく非常口にたどり着いてしまう。知らない通りを冒険したら元に戻れなくなるのはいつものことだし、都会に遊びに出れば最低二回は迷子になる。

 けれど姉ちゃんは違う。初めての場所に行ったとしても迷うことなく正しい道を見つけ出す。姉ちゃんの勘の良さで俺は永遠の迷子にならずに済んだ。

「父ちゃん、姉ちゃんってなんであんなにも第六感が冴えているんだろう?」

 父ちゃんと並んで釣りをしている時、ヒマなので質問した。

 今日は朝早くから近所の川に釣りに来ている。父ちゃんが釣り好きで小さい頃から連れ回されている。初めは嫌だったけれど、今はそこそこ好きな遊びだ。

 俺の質問に父ちゃんは欠伸あくびを一つして、のんびりと答えた。

「そりゃ、波津子はお母さん似だからなぁ。母親譲りなんだろ」

「なんだよそれ」

 父ちゃんの回答に呆れながら釣り糸を巻いた。どうにも当たりがなさすぎるのだ。案の定、針先にはあったはずのエサがなくなっている。

「姉ちゃんならきっと釣れるポイント、一発で見つけるんだろうけどなぁ」

 俺がそうぼやくと父ちゃんが笑った。


 * * *


 私には三つ年下の弟がいる。名前はてつ。現在中学一年生。いつもぼんやりとしている頼りない弟だ。別に嫌いではないけれど、もうちょっとしっかりしてほしいと思うことが多々ある。

 例えば、ドラマを見るとき。その表情を見るだけで何にも考えずに画面を見ていることが丸わかり。ちょっとは頭を使えっての。

 だから刑事ドラマを見るときは早々に「犯人はコイツ!」と言うようにしている。そうすれば思考することの大切さに気づくだろう、と思ってのことだ。けれど、徹は私の配慮にまるで気づかない。

 例えば、徹の方向音痴。アイツは周りを見ないでぼんやり歩くから迷子になる。もっと周囲を観察する努力が必要だ。せめて、目印を覚える努力くらいしてほしい。

「ねえお母さん。どうしたら徹はしっかりしてくれるのかなぁ」

 お母さんと二人きりでお茶をしながら疑問を口にする。だってあんなにもポヤポヤと生きていたら、将来悪い人間にいいようにされそうだ。それは嫌だと思うから、なんとかできるのなら解決したい。

 けれどお母さんはのんびりとしている。

「しっかりしてほしいのなら世話を焼くのを止めなさい」

「ええ〜?」

 予想外の返答に私は不満だ。

 けれどお母さんは軽やかに笑う。

「あんたはいちいち徹に構いすぎ。ほっときゃそのうち一人前になるわよ」

 そう言う母の言葉に納得はできないものの、私は渋々頷いた。


 * * *


 どうしよう。とても困ったことになった。俺じゃどう対応したら良いのかまるでわからない。

「これあげる」

 同じクラスの女子生徒・井上がそう言って俺に手渡ししてきたものは、バレンタインチョコレート。可愛くラッピングされた手乗りサイズのプレゼントだ。

 渡された場所は俺と井上が二人きりの教室。別に呼び出された訳ではない。偶然そんな環境になっていたのだ。

「あ、ありがとう」

 俺は井上の気持ちがよくわからない。とりあえず戸惑いながら受け取った。変に心臓が激しく鼓動する。頬がぽっぽと熱くなる。井上はどうなのだろうと視線をあげると、くるりと背中を向けられた。

「それじゃまた明日」

 いつもと変わらない調子の言葉。だから俺もいつもと変わらない返事をする。

「おお。また明日」

 井上は俺の返事を聞いて小さく頷き、教室を立ち去った。

 井上がいなくなってから手に乗っているチョコレートをじっと観察する。

 ──これは本命のチョコレートなのだろうか? それとも義理なのだろうか?

 袋の中には小さな丸いチョコが三つある。サイズは小さく、義理っぽい。でも手作りチョコなら、本命な気もする。

 これは、どっちなのだろう?

 迷いながら立ち尽くしていると、ふとひらめいた。

「そうだ。姉ちゃんに聞いてみよう」

 なんたって俺の姉ちゃんは第六感が冴えている。きっと井上の本心だって一発で見抜いてしまうに違いない。

 そう決めれば心が楽になった。俺は急いでカバンを引っ掴み、駆けるようにして教室を飛び出た。


 * * *


 ポヤポヤしている弟が家に持って帰ってきた問題は、なんとも返事のしにくいものだった。

「姉ちゃんはどう思う?」

 徹の手には明らかに手作りのチョコレート。可愛らしいラッピングに包まれている。

「これは本命のチョコなのかな? それとも義理なのかな?」

 そう言って徹は私を見た。

 ────そんなこと、自分で考えなさいっ!!!

 正直、怒鳴りたくなった。

 チョコのサイズは手乗りサイズ。大量生産するのに最適な大きさだ。なら、答えは簡単。これは義理だ。本命なワケない。

 だから「これは義理だから諦めなさい。そんなことより、あんたはどうしていつも私を頼ってくるかな?! 自分の頭で考える努力をしなさい!」と説教したくなる。

 でも、だ。

 お母さんの忠告を思い出す。お母さんいわく、どうやら私は徹に構いすぎなのだ。私が構いすぎるから、いつまで経ってもしっかりしてくれない。ポヤポヤ生きている。

 いつまでも頼りない弟でいられたら困る。

 だから私は心を鬼にして嘘をつくことにした。

「…………それはきっと本命よ。アンタ、その子にさっさとアタックかましてやりなさい」

 私の言葉を聞いて、徹の頬が真っ赤になった。それを見て罪悪感が湧く。

 けれど、これも弟のため! 私のアドバイス通りに行動して玉砕ぎょくさいしたら、金輪際こんりんざい、私に意見を求めてくることもなくなるだろう。そうなれば自立した人間になる大切さを身に染みて理解してくれるに違いない。

 私は適当な言葉を並べたて、徹をけしかけた。


 * * *


 俺の姉ちゃんは凄すぎると思う。第六感が冴え渡っているのだ。俺が迷えば適切なアドバイスをくれる。そのおかげで俺は今、とても幸せな気持ちだ。

「ねえ、どうしたの?」

 映画館で隣の席に座っている井上が俺に尋ねた。いや、井上と呼ぶのは間違いか。今は下の名前・千夜ちよと呼ぶことにしている。

 だって俺たちはお付き合いをしているのだから。

 姉ちゃんのアドバイスを聞いた後、俺は勇気を振り絞って千夜をデートに誘った。誘ったといっても場所は公園。ベンチに座って話をした。

 話をして、俺の気持ちを素直に伝えた。前々からいいなと思っていたこと。この間もらったチョコレートは美味しかったこと。あれは本命だと受け取って良いのだろうかということ。

 千夜は俺の気持ちに応えてくれた。前々からずっと好きだったこと。この間のチョコは本命だったこと。でも恥ずかしくて小さめにしたこと。

 姉ちゃんの勘は当たったのだ。

 俺は不思議そうな顔をする千夜になんでもないと返事をした。

「ただ、幸せだなぁと思って」

 俺の言葉に千夜が照れたように笑う。

「それは、私もだよ」

 そして二人、そっと手を繋いだ。


 * * *


「どうしてこうなっちゃうのかな〜?!」

 お母さんと二人でお茶をしながら私は頭を抱えた。

 私の予定では、徹はチョコをくれた彼女に盛大に振られて自分の身の振り方を改めるはずだった。今後は姉の意見を参考にしないで、自分の頭で考えてくれると信じていたのだ。

 それなのに。

「まさかあのチョコが本命だとは思わないよ! どんだけ奥手なのよ、彼女!」

 私の愚痴を聞きながら母さんがのんびりとお茶をすする。そしてボソリと一言。

「相談に来た時、突き放さなかったアンタが悪い」

 それを言われると、ぐうの音も出ない。

「でもまさか本命だと思わなかったんだよ……信じられない」

 そう言ってため息をつくと、母さんもため息をついた。

「お父さんから聞いたんだけど、徹、アンタを神様か何かと勘違いしているみたいよ?」

「は? なにそれ?」

「お父さんが言ってた。徹はアンタを「直感が優れたすごい人」扱いしているそうよ」

「えええ〜最悪ぅ〜!」

 私は再び頭を抱えた。どおりでデートに行く日のコーディネートや一緒に観に行く映画を選んでくれと五月蝿いわけだ。理由が判明してむなしくなる。

「ま、今後はアドバイスなんかしないで放っておきなさい」

 母さんの忠告に私は素直に頷いた。

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