推しと私の秘密の関係

月影澪央

推しと私の秘密の関係

「さくやちゃーん!」


 誰かに名前を呼ばれ、スマホから顔を上げた。

 名前を呼んだ人物には、なんとなく心当たりがある。


「ひよりちゃん、おはよ」

「おはよー、さくやちゃん」


 友達のひよりちゃん。友達といっても、学校の友達ではない。

 ネットで出会った、オタク友達といったところだと思う。


 今日は、私とひよりちゃんの共通の推しである歌い手グループ、『Secret Prince』のワンマンライブがある。


 歌い手とは、主にボカロ曲をカバーして動画投稿サイトに投稿する人たち。近年では、オリジナル楽曲を投稿する歌い手も多い。

 また、そんな歌い手たちでグループを組むことも増え、歌い手グループと呼ばれている。


 Secret Princeは、歌い手グループの中でもかなり上位に位置している、界隈でも有名なグループだった。

 メンバーは、リーダーの赤色担当ハルくん。可愛くてオレンジ担当のるあくん。ツンデレで黄色担当のもちねこくん。クールな緑色担当のゆとくんの四人。


 ちなみに、私はもちねこくんとゆとくんのゆともち推し。ひよりちゃんはるあくん推し。


 中々歌い手グループでできることもないような、大きなライブハウスでやるワンマンライブ。自然と倍率も上がり、二人ともなんとか頑張ってチケットを取ったものだった。


 歌い手は基本的に、顔を出さない人が多い。だからこういうイベントだけが、直接会えるチャンスだった。だから元々倍率が高かったりはするけど、今回は今まで以上に高かったらしい。


 ――まあ、私はそうじゃないけど。


「楽しみだねー」

「うん、そうだねー」


 私たちは会場近くの駅で待ち合わせをして、一緒に行こうという約束をしていた。単純に仲が良いというのもあるけど、チケットが二人で取ったから連番になっている。それも理由の一つだった。


 おはよーと朝のような挨拶をしたけれど今はお昼で、ライブは夕方。私たちは早速会場に向かった。


 そこまで物販のグッズは狙っていない。元々通販もあったから、特に気にしてはいなかった。でも、そもそも混雑しすぎていて、中々入場待機の列にまでたどり着かなかった。


 なんとか席番の列にたどり着いたが、かなりギリギリだった。


 ライブハウスの中に入ると、かなり広い空間が広がっていた。ステージの上には、今回のライブに参加するバンドの人たちの楽器が既に設置されていた。


 そして約一時間後、いよいよライブの開演時間が近づいてきた。


「みんなー!! そろそろ始めていいですかーっ?」


 ライブハウスのその空間に、そんな高い声が響いた。聞いただけでわかる、るあくんのショタのような声だった。


 周りもそれを理解しているようで、悲鳴に似た歓声とざわめきが起きている。


 これは、いつもライブが始まる前に流れる音声で、撮り直してはいるようだけど、言っていることは毎回そんなに変わらない。


「始める前に、みんなにお願いがありまーっす!」


 るあくんがそう言うと、リスナー側から「おーっ?」と声が上がる。


「じゃあ、ゆとくんよろしくぅー」


 るあくんがそう言い、ターンはゆとくんに回って行く。


「はい。今回は俺から、このライブでみんなに守ってもらいたいルールを話していきたいと思います」


 るあくんの声からゆとくんの声になったことによって、さらにイケボに感じる。推しフィルターってやつもあるのかも知れないけど。


 ライブ前のルール紹介では、毎回最初は高くて声の通るるあくんがやるけど、肝心のルールを言うのは他の三人でランダム。その中で推しを引けたというのは運がよく感じる。


 まあ、三人のうち二人推しじゃんというのもあるけど、そういうマジレスはいらない。


「えーっと、ライブ中の音声を録音したり、ライブ中の動画や写真を撮影することは止めてください。もちろん投稿することも禁止です。もし発見した場合は、スタッフさんに伝えてもらえるとありがたいです」


 さっきに比べたら一気に静かになり、みんなゆとくんの声を聴いている。


「そして、みんながライブを楽しめるように、後ろや横の人にもペンライトやうちわなどの高さなどの配慮をお願いします」


 確かにどちらも大事なこと。Secret Princeではないけど、他のグループではよくある違反・迷惑行為。だから、ライブのたびに同じことを言う。大事なことだから、毎回言うのだと思う。


「それじゃあ、ライブを開演させたいと思います! 今日は、盛り上がってこーぜ!!」


 ゆとくんがそう叫び、リスナーが歓声を上げる。


 今の案内の間に、いつの間にかバンドメンバーの人たちがステージで準備をしていた。


 そして黒い王子のような服に身を包んだ四人がステージ上に姿を現し、悲鳴のような歓声が上がった。私もこればかりは発狂案件だった。


 カバー曲を三曲ぶっ通して歌い、少し始まりの挨拶のようなものをする。

 そして、個人で一曲ずつ、人によってオリジナルとカバーは違うけど、一曲ずつ歌って行った。

 ラスト、三曲全員で歌ってライブは終わりを告げた。


 ……と思うところだけど、ラストにこれがあるのがSecret Princeのライブ。


「アンコール! アンコール!」


 リスナーの大半がそう声を上げ、アンコールを求める。まだ、Secret Princeのオリジナル曲で歌われていないものがある。その曲は、いつもアンコールで歌われるもの。


 リスナーの声に応えて、四人は再度ステージ上に現れる。


「みんなありがとう」


 リーダーのハルくんがそう言う。


「じゃあ、アンコール、本当に最後の曲、」


 ハルくんがそう言うと、全員で曲振りをするのがお決まり。


「「「「Secret Prince」」」」


 四人は声を合わせてそう曲名を言った。


 その曲は、グループ名をそのまま語っているだけあって、本当にこのグループのための曲。最後にふさわしい曲だった。


 そして約五分間が過ぎ、ライブは本当に終わりを告げた。




 私たちは余韻で何も言葉を交わさなかった。


 話を切り出したのは、駅が見えてきたころだった。


「楽しかったね」

「うん。……なんか、すごかった」


 本当に、『すごかった』としか言えなかった。

 本当に。




 その時、マナーモードにしたままだったスマホに、メッセージが来ているのが見えた。


『一緒に帰ろ、控え室来ていいよ』


 そういうメッセージだった。

 そう、これが私の秘密。誰も知らない、私の秘密。


「ひよりちゃん、ちょっと会おうって言われた人がいて……ここで解散でいい?」

「あ、うん。私も、ちょっと」

「そっか」


 お互いにお互いの事情があるだろうから、それ以上は聞かない。それよりも、お互いに用事があってよかったという安心の方が大きかった。


 そして私たちはそこで別れた。


 私は来た道を引き返し、ひよりちゃんはそのまま駅の方に向かって行った。


 私はライブハウスの控え室に向かった。入口に居たのはもちねこくん。眼鏡をかけているから、顔をちゃんとは知らないリスナーは、それがもちねこくんだとは思わないと思う。まあ、そもそも、周りにリスナーはいない。


桜夜さくやちゃん、ごめん春夜しゅんやまだ着替えてて」

「大丈夫。あと、桜夜でいいから」

「ごめん」


 そして私はもちねこくんに連れられ、控え室の中に入った。すると、一応みんな着替え終わっていて、帰る準備をしているところだった。


「おー、桜夜、わざわざごめん」

「いいけどさ、何かあった時、困るのはお兄ちゃんだからね? 言っとくけど」

「わかってるって。でも今は、歌い手ゆとじゃない。三島春夜だから」

「いつかボロが出ないといいけど」

「ボロが出たところでって感じだけど」

「あっそ」


 今の会話からわかる通り、私はゆとの妹・三島みしま桜夜さくや

 Secret Princeのメンバーとは普通に知り合いで、本名までもを知る仲。推しているというのはただの建前だった。まあお兄ちゃんも、もちねこも、確かにカッコイイけど、それ以上の感情はない。


「え、今日どうだった?」


 そう聞いてきたのはハルだった。


「うーん。まあ、結構よかったんじゃない? 成功でしょ」

「あー、よかった」


 ハルには毎回そう聞かれる。

 まあ、毎回成功を収めているから、同じ答えしかしてない気もする。それでも、それで納得してくれるならそれでいい。


「じゃあ、帰るか」


 片付けはスタッフに任せる。そのために雇っている。

 四人はバンドの人たちに挨拶し、ライブハウスを出た。

 バンドの人たちは、楽器の搬出作業をするから残るとのこと。いつもお世話になっている人たちだから、悪い風には思われないと思う。




 外に出ると、そこには驚きの人物がいた。

 その人物とは、ひよりちゃんだった。


「え、さ、さくやちゃん……?」

「ひよりちゃん……」


 禁止されている出待ち行為。それ以上に、関係がバレた。


「この子は?」

「……知らない。人違いだと思う。お兄ちゃん」

「そっか」


 何となくその場をやり過ごし、その場を去った。

 ゆとのことを『お兄ちゃん』と呼んだことによって、わかってはくれるだろう。

 仮に変な噂にされても、弁解は可能。だって、本当に兄妹なのだから。




「さっきの子、本当はあれか、リスナーだな」


 部屋にお兄ちゃんと二人きり。そんな状況になったところで、お兄ちゃんはそう言った。


「うん。まあ、兄妹だから。彼女じゃないし」


 弁解はできるから、何か言われても大丈夫。そういう意味で、そう言った。


「……本当の彼女になってもいんだぞ」

「えっ……?」


 お兄ちゃんは私の目の前で、そう言った。

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