第71話 校庭で尋問



 侍女アマレットにピアちゃんのことを調べてもらった。


 アボット男爵家のピアちゃんは先日まで庶民として暮らしていたが、男爵と妾の間に生まれた子であることが判明し、養女になったらしい。男爵家には正室である奥様がちゃんといらっしゃるけれど、子宝には恵まれなかったらしく話はとんとん拍子に進んだそうだ。

 ピアちゃんは現在デーモンズ学園の下位貴族用の寮で暮らしている。この寮は王都内にタウンハウスが持てず、自領の屋敷から学園に通えない生徒向けに用意されている施設で、毎年それなりの数の生徒が入寮しているらしい。

 寮内でのピアちゃんの生活態度は模範的で、困った子が居れば手を貸してくれるような優しい子なのだそう。明るく無邪気な性格で寮生に親しまれているそうだ。


 けれど特進科では状況が違うらしい。それは主にミスティア様とオーク様との関係にあるそうだ。

 そもそも特進科のほとんどが上位貴族で構成されている。そのためピアちゃんが親しい下位貴族の味方が同じクラスにはいない。そんなアウェイな環境で彼女はオーク様に猛烈なアピールをしているらしい。

 学園内では身分平等、などというスローガンがあるにはあるけれど、男爵家の養女が王族(しかも婚約者候補が三人もいる)にちょっかいをかけるなど、上位貴族にとっては受け入れられない不敬だ。いろいろ派閥問題も絡んでくるしね。

 だからミスティア様が先陣を切ってピアちゃんと対立しているらしい。


 ミスティア様のことはわたしもよく知っている。

 黒髪縦ロールで紅い瞳が印象的で、ツンデレ妹属性で、二次成長を迎えてボンキュッボンに成長された美少女だ。王家への忠誠心があつく、不細工が苦手なくせに頑張ってエル様にお会いしては倒れてしまうような、優しい子だ。兄のドワーフィスター様をとても慕っていて、正義感たっぷりで、友達想いのいい子だ。

 だからミスティア様は別にオーク様の婚約者候補でもないのに、ピアちゃんの不敬が許せず、そして仲良しのルナマリア様の初恋を守ろうと戦うことにしたのだろう。

 ああ、わたし、ミスティア様が大好きだわ。


 でもね、ミスティア様……。

 状況がマジで 悪 役 令 嬢 である。


 大丈夫なのかしら……。


 特進科の大半の生徒はミスティア様の言い分を支持しているらしいが、一部の男子はすでにピアちゃん側に流れているらしい。そして普通科の生徒は下位貴族が大半なのでピアちゃんの味方だそうだ。

 ミスティア様には一部熱狂的な信者(ミスティア様に「お兄ちゃん」と呼ばれたい層の男子)がいらっしゃるけれど、この勢力図を維持できるのかしら……。

 乙女ゲームの王道展開『悪役令嬢の断罪』とかないよね? ミスティア様が国外追放されるとかそんな酷いことにはならないわよね? ここ、乙女ゲームの世界だったりしないよね?


 ……うん、冷静になろう、わたし。この世界はどう見ても美醜あべこべ世界よ。いくら前世日本人が異世界転生しやすい運命だからって、オーク顔の男たちを攻略する乙女ゲームなんてキワモノ過ぎるでしょ、うん。

 それに淑女科はルイーゼ様を始めとしてわたしの派閥になっているし、経営科もダンテ・トーラスのおかげでわたしの味方だ。ピアちゃんにこれ以上の味方が増えることもそうないでしょう。


 となると、あとはーーー。





「どういうおつもりで特進科の状況を静観されていらっしゃるの、オーク様」

「ココに呼び出されたと喜んでおったのだが、当てが外れたようだな。……まぁ、よい」


 ダグラスに頼んで昼休みにオーク様を校庭内でも特に人気のない東屋に呼び出してもらい、尋問を開始する。

 オーク様は向かいのベンチに腰かけるとフ…っと苦笑いを浮かべた。彼の太く尖った犬歯が真珠のように輝く。なんて無駄に美しい白い歯なの。


「それでアボット男爵令嬢のことですわ。オーク様の代わりにミスティア様が矢面に立っている状況ですのよ」

「ティアには感謝しているぞ」

「それはミスティア様ご本人にお伝えくださいませ。そうではなく、オーク様が一言おっしゃれば、アボット様も諦めるでしょうに」

「そうなのだが……」


 オーク様は眉間にシワを寄せながらのたまう。


「デーモンズ学園では身分平等で、アボット嬢が俺に好意を向けたからといってそれを不敬と咎めるのもいかがなものなのかと思ってな」

「アボット様はアプローチの仕方が悪手だと思いますけど?」

「それもこれもすべて俺への好意のためだろう?」


 オーク様は好意を理由にすればなんでもありだというのだろうか。学生期間のことだから大目に見るつもりだと?


「なぁ、ココ。ココなら理解できるだろうが、……俺とココは美しすぎるのだ」

「……あー、ハイ、ソウデスネ」

「たいていの女性は俺を一目見るだけで恋に落ちてしまうのに、それを一々断っていたらキリがないだろう。アボット嬢は確かにアプローチの仕方が激しいが、学園の規則に違反しているわけではない。彼女は俺のこの美貌の被害者なのだ!!」

「…………」

「すべては、絶世の美少年に生まれてきてしまった俺の責任だ。アボット嬢は万に一つも結ばれることのない俺を愛してしまった、とても哀れな女性なのだ……」

「とりあえずミスティア様を断罪しないと誓ってくださるなら、オーク様の言い分はなんでもいいですわ」

「断罪? ティアを? するわけがなかろう。彼女は俺のためにアボット嬢を注意しているだけに過ぎない優しい女性なのだから」

「なら結構です」


 精神的ダメージを負ってしまい、わたしはそれ以上オーク様と話すのをやめてしまった。吹き出さなかっただけ、誰かわたしを褒めてほしい。


 オーク様が本校舎に去っていくのを見送り、東屋のテーブルにぐったりと突っ伏す。


「……オーク様を説得できなかったのに、なんかどっと疲れちゃったわ」



「ダメじゃんか、お嬢。こんな人気のない場所で第二王子と密会するなんて、どんな理由でも正妃様に目をつけられるよ~? ちゃんと気を付けてくれないとオレが大変なんだからさぁ」



 突然、前方から声をかけられた。

 慌てて身を起こし、そちらに顔を向けるとーーー。


「お嬢がなにやっててもオレとしては面白いだけだからまぁいいんだけど、第二王子と二人っきりってのは流石にまずいでしょ」


 まず目に入ったのは彼がしている左目の眼帯だった。

 それから藍色の長い髪に藍色の右目、病的なほどに青白い肌のーーー完全なるオーク顔。


 新 た な オ ー ク が 現 れ た !

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