第67話 前回の婚約者候補(ラファエル視点)



 久しぶりに纏まった時間が出来たので、ココの妃教育が終わったら離宮でお茶会をしようと思い、フォルトに準備を頼む。

 学園に入学した為、ココたちの妃教育の時間は休日が中心で、平日は放課後に週に数回と時間が減ったので寂しく感じる。

 ココとのんびり過ごす時間だけでなく、皆で集まる騒がしい時間もそれなりに気に入っていたのだな、と今さら気付いた。まぁ、オークハルトやミスティア・ワグナー嬢は特進科で変わらず騒がしいのだが……。


 デーモンズ学園に入学してから一ヶ月以上が経ち、ようやく学園生活と王太子としての執務の両立が取れてきたところだ。これほど余裕がないなんて、きっと二度目の学園生活だと油断していたところもあるのだろう。

 ……いや、前回の人生と今回のやり直しの人生では異なることが多すぎるのかもしれない。私は前回オークハルトを中心として巻き起こった騒動には一切関わらなかったし、国王からこんなに多くの執務を任されてもいなかった。後者はたぶん、父上が今の私に期待しているからなのだろう。それは大変ありがたく、前回の人生で裏切ってしまった民のためにより良い統治を行いたいという自らの願いとも合致する。

 ただ、前者だ。オークハルトの婚約者候補問題が長引くとは思わなかった。確かに今までオークハルトはココに夢中だったが、どうせそれは学園に入ったら例の男爵令嬢と恋に落ちるまでの一過性のものだと思っていた。

 だがしかし、あいつの態度はなんなんだ? ピア・アボット男爵令嬢にまるで恋に落ちる様子がない。まだ入学してから一月しか経たないからだろうか? いやでも、前回の今頃はすでに二人で並ぶ姿を見かけるようになっていた気もするのだが……。ああ、くわしく思い出せない。

 ワグナー嬢があまり事を荒立てなければいいが……。

 まぁ、前回のオークハルトの婚約者候補がお互いに暗殺未遂を繰り返していたことに比べれば、大したことでもないか……。


 特進科の様子を思い返しているところで扉がノックされた。

 扉の向こうからダグラスの声がして「ココレット様をお連れ致しました」と告げられる。

 入室を許可すれば水色のドレスを着たココが現れた。ドレスに細かくあしらわれた青いビーズ刺繍に私の色を感じて、つい笑んでしまう。学園から一度タウンハウスに戻って着替えてきたのだろう。彼女の愛らしさに先程まで抱えていた憂鬱が掻き消えてしまう。


「エル様、今日は素敵な小説をお持ち致しましたのよ」


 お茶の席に着くと、ココはなにやらとても機嫌が良さそうに言う。そして取り出した本をテーブルの上に置いた。


「今流行りの本なのかい?」


 私は娯楽小説の類いはあまり読まない。『銀の騎士と金の姫君』というタイトルを眺めながら尋ねれば、ココは身を乗り出した。


「いいえ、これから流行るに決まっている本なんです! わたしもバンバン宣伝するつもりなので!」

「すごい熱の入りようだね? この本はきみの知り合いが関わっているのかい?」

「はいッ。わたしと同じクラスのルイーゼ・バトラス様が著作され、経営科のダンテ・トーラスのご実家で出版していただきましたの!」

「……バトラス嬢……」


 私は唖然としてココを凝視する。


 ルイーゼ・バトラス嬢は、ルナマリア・クライスト嬢とミスティア・ワグナー嬢と同じく、前世の婚約者候補の一人だった。


 バトラス伯爵家は正妃派閥のために候補者に選ばれたのだが、バトラス嬢はとても不満そうだった。これほど醜い男の妃になるかもしれないことに耐えられなかったのだろう。妃教育は渋々受けてはいたが、私のお茶会には絶対に出席せず、ほとんど会うこともなかった。

 デーモンズ学園に入学してからはロバート・アンダーソンという名の美しい恋人ができ、身籠ったために恋人と共に駆け落ちをした。しかし貴族出の二人に庶民の暮らしは馴染めず、男はバトラス嬢を捨てたらしい。バトラス嬢はその後、赤ん坊と共に心中した。


 私の婚約者候補にさえならなければ、彼女は恋人と駆け落ちするようなこともなく、皆から祝福されて結婚できたのではないか。

 今回の人生こそ二人は幸せになれるのではないか。

 そんなふうに願いにも似た気持ちを抱えていたのだが……。


「……バトラス嬢は一体なぜ小説など書き出したのかな?」


 そんな趣味を持っていたとは知らなかった。そう思って聞けば、ココが話し始めたのはダンスの合同授業で起きた一件についてだった。


「ルイーゼ様はもともと理想の王子様に憧れるタイプの女性だったので、ショックが大きかったのでしょうね。美しい外見の男性が性格まで合致しなかったことに。これからは二次元と三次元を分けて考えるらしいです」

「にじげん、さんじげんって?」

「夢と現実です」


 別世界の記憶があるというココは、この世界にはない言葉をたまに使うようになった。以前より心を開いている証拠のようで嬉しくもある。


「ちなみにその合同授業で、バトラス嬢との約束を破ってきみに誘いをかけたという男子生徒の名前は?」

「ロバートなにがしです」

「ロバート・アンダーソンか」

「まぁエル様、ご存知の方でしたか?」

「前回の人生で、名前だけ知っていたんだよ」

「そうでしたの」


 前回のバトラス嬢の恋人だったとか、そもそもバトラス嬢が私の婚約者候補だったとか……ココには言う必要もないだろう。

 ロバート・アンダーソンの軽薄さを聞けば、前回のバトラス嬢の幸福な時間もほんとうに短かったのではないかと想像してしまう。この二人が今回結ばれずにすんで、むしろ良かったんじゃないだろうか。


 バトラス嬢にとって最良の道を今回こそ選んで欲しいと、私は影ながら思うだけだ。

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