第49話 側妃サラヴィア



 隣国ポルタニア皇国はシャリオット王国より南に位置し、建国以来わが国とくだらない争いが何度も続いている状態だと歴史の授業で習った。

 その争いの原因に関して、わたしはアホらしいとしか感想を抱かなかったけれど、その結果お互いに何度も賠償したり条約を結び直したりしているらしい。


 そしてそのひとつが、この御方かーーー、と。

 わたしは唖然として側妃サラヴィア様を見つめる。


 癖のない橙色の髪は清潔に刈り込まれ、磨き抜かれた褐色の肌は艶やかで、男装で細い体を包むサラヴィア様はとても若々しい。十二歳の子供が居るようには見えない方だった。

 長い手足を組むその姿は、淑女としては完全に失格で、紳士としては満点合格の麗しさである。

 以前ミスティア様が『隣国の思惑も、貴族としての矜持も、側妃としてのお立場からも、服装ですら本当にご自由で……。そんなところに魅力を感じる方々が多いのも、わかる気がいたしますわ』とおっしゃっていた意味がなんとなくわかる。

 父が『サラヴィア様に正妃のご公務は無理だろう』と言っていた意味も。

 男装趣味ではさすがに正妃業は無理だろう。


 サラヴィア様はルナマリア様へ視線を向けると、「君がクライスト筆頭公爵家のご令嬢かな?」と微笑みかけた。

 涼やかなその笑みの美しさにわたしは思わずときめく。ルナマリア様も恥ずかしそうに視線をうつむけた。

 ルナマリア様は小さく一呼吸をすると、サラヴィア様へ挨拶をのべる。サラヴィア様は気楽なご様子で頷き、一言二言返すと、つづいてわたしに視線を向けた。


「君が誰かは分かっているよ。オークが一目惚れをしたと言うご令嬢だろう? これはまた……とんでもなく美しいな。是非とも声を聞かせておくれ」

「ココレット・ブロッサムです。本日はお招きいただきありがとうございます」

「たしか……オークは君のことをココと呼んでいたかな。わらわもそう呼ばせていただくよ、ココ」

「光栄ですわ、サラヴィア様」

「ねぇ、ココ。君はわらわ自慢のオークにまるで靡かないと聞いたけれど、本当かい?」


 サラヴィア様は好奇心一杯の少年のような瞳でわたしを見つめてくる。彼女の言葉にはただ面白がる響きだけがあった。


「オークハルト殿下の婚約者候補に選ばれたことは大変光栄ですが、わたしがお慕い申し上げる御方はラファエル殿下ただお一人です」

「……へぇ。これはたまげた。本当にこんな子がいるのだねぇ」


 ふふふ、と軽やかな笑い声を漏らし、サラヴィア様がすぐそばの席に腰かけるオーク様を見つめた。


「ココはまるで君に興味がないみたいだね、オーク? 君はどう戦うつもりかな?」

「それはもう、誠心誠意俺の気持ちを伝えるのみです、母上!」

「君は愚直だなぁ……。それはオークの美点であり欠点でもあるね」

「では母上が俺の手助けをしてくれるとでもおっしゃるのですか?」

「おいおい、なにを男らしくないことを言うのだ。わらわの息子ならば恋しい女の一人や二人、自力で手に入れてみなさい」

「だと思いました」


 オーク様はぶすっと拗ねた表情でサラヴィア様を見つめる。サラヴィア様はおかしそうにオーク様の金髪を撫でた。


 ……エル様とマリージュエル様とはまるで正反対の母子ね。


 オーク様が愛され慣れた素直な性格に育った理由がよくわかる。

 サラヴィア様に愛され、周囲の侍女や侍従からも慕われて育ち、多くの貴族が味方し、同年代の令嬢や令息がこぞってオーク様にはべる。そんな環境で傲慢な性格にならず、純真に育ったオーク様はとてもすごいと思う。

 ……けれどエル様は。この子を隣に見ながら育ったのかと思えば、胸が苦しい。どれほどの孤独にさいなまれてきたのだろう。

 わたしは思わず胸元をぎゅっと握る。


「ココ、君は美しいだけでなく、男の趣味が悪くて実に面白い。気に入ったよ。君がわらわの娘になろうとなるまいと、何かあったらわらわを頼りなさい」

「ありがとうございます、サラヴィア様」


 わたしの男の趣味は最高なのに……ッ! と思いつつ頭を下げる。ようやくわたしの挨拶は終わりだ。


 最後に辺境伯爵家のヴィオレット様へ、サラヴィア様は親しげに声をかけた。


「やぁ、ヴィー。久しぶりだねぇ」

「はい。お会いしとうございましたわぁ、サラ様ぁ。本日のお召し物も素敵ですぅ」


 ヴィオレット様がゆったりと答え、愛らしく微笑む。


 本当に親しげなお二人の様子に、ルナマリア様の瞳がハラハラしている。

 うん、自分の好きな人の母親に特に気に入られている女の子って、確かに気がかりでしょうね……。気持ちはわからなくもない。


「フフ、ありがとう。冬の間にポルタニアへ帰ったときに仕立てたのさ。やはりあちらの色使いが性に合う」

「たいへんお似合いですわぁ」

「そんなことよりヴィー、久しぶりに会うわらわになにか言うことがあるだろう? 例えばそこにいる……君の新しい従者に関して」

「まぁ、お恥ずかしい」


 頬を染めたヴィオレット様が、傍に控えていた深紫色の髪の従者をそっと手招く。

 緊張からかガチガチに固まった彼がようやくヴィオレット様の隣に並んだ。彼を励ますようにヴィオレット様がそっと彼の腕に自分の手を置く。


 ヴィオレット様はサラヴィア様にはっきりと言った。


「彼がわたしの恋人のサルバドルですぅ」

「はっ、初めましてサラヴィア様。ベルガ辺境伯爵家に連なるインス男爵家四男、サルバドルです。幼い頃よりヴィオレットお嬢様にお仕えし、この春より王都へと参りました。どうぞお見知りおきください……ッ!!」


 ブンッと風を切る音がするほどの勢いで、従者ーーーサルバドルがお辞儀をするのを、わたしとルナマリア様は目を見開いて穴が開くほど見つめる。


 正直、わたしは二人が秘密の恋人同士であることは予想していたけれど、まさかサラヴィア様に紹介するのか!?


 わたしはそんな驚きでいっぱいだった。

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