第34話 ミサ



 エル様たちが乗った馬車を見送ると、わたしとレイモンドは炊き出しの手伝いにまた戻った。


 お昼を越えれば行列のピークも落ち着き、シスター達に誘われてランチを取ることになった。メニューはもちろん炊き出しのスープとパンである。

 貴族に出す食事ではないのだろうけれど、わたしは前世庶民なので全然問題ない。前世では朝はコーヒー、昼はコンビニパン、夕食はカップラーメンとかよくあったし。

 それを考えれば農家の人たちが丹精込めて作ってくれた野菜がたっぷりのスープと、そしてシスターお手製のパンだなんて最高だ。前世だったらカフェのランチレベルじゃないかしら。

 レイモンドも幼いながらの苦労のせいで、侯爵家の食事よりずっと質素なメニューでも嬉しそうだ。「なんだか母さんが作ってくれたごはんを思い出しますっ」と泣かせることを言うので、食事中にも関わらずつい頭を撫でてしまう。

 侍女のアマレットが差し入れにジャムやはちみつを持ってきてくれたので、シスターや孤児たちと分け合ってパンに塗って食べた。どちらもブロッサム侯爵領で作られたもので、きょうの出店にも商品として出品したものと同じである。どちらも保存が効くので一ダースずつプレゼントした。


 ランチの後は広場で行われる様々なイベントを楽しみ、夕方になってから仕事終わりの父と合流して教会の中へ入る。『星月夜の宴』のミサが始まるのだ。

 厳かな雰囲気の教会は、ステンドグラスで作られた薔薇窓から差し込む夕日で色付けられている。石造りの床の上を夕日のオレンジが、ステンドグラスの赤や青や緑が踊る。壁際には松明やたくさんの蝋燭が灯り、あたたかい。


 神父様が壇にのぼると、後ろの席までよく聞こえる声でまずは挨拶を始めた。盛況に終わったバザーへの感謝、『星月夜の宴』のための祈り、聖歌隊の讃美歌、そして最後に説教。


 今日は『盲目の聖女ツェツィーリア』の話らしい。


「ツェツィーリアは生まれたときから目が見えませんでした。けれどツェツィーリアは視力の代わりに、神から祝福を与えられて生まれてきたのです。彼女は奇跡を起こす力を持っておりました」


 朗々と神父様が語る。


『盲目の聖女ツェツィーリア』の不思議な力の話は、このシャリオット王国でもそれなりにポピュラーだ。確か以前にミスティア様と魔術について話し合っていたときにも、わたしは『盲目の聖女』の存在を思い出したくらいだ。


 ツェツィーリアの話はこんな内容だ。

 ツェツィーリアは、赤ん坊の頃にとある教会の玄関先へ捨てられていた。

 彼女を拾ったシスターは、彼女の目が見えていないことに気が付き、そのせいで親に捨てられてしまったのだろうと考え、教会で育てることを決める。

 ツェツィーリアは教会のなかですくすくと育ち、盲目ではあったが耳や鼻、手探りを使えば教会の庭先程度までならなんの問題もなく暮らせるようになる。そこで彼女はシスター見習いになることになった。

 彼女は見目麗しく、心の優しい少女に育った。

 彼女の耳は鋭く、どんな人の心の悲しみも聞き分け、相手の悲しみに寄り添った。

 彼女の声は神による祝福に満ちており、彼女が歌えば生者には生きる喜びを、死者には安らかな眠りが与えられた。

 彼女の手が土に触れれば枯れかけた作物も生き返り、病人や怪我人も癒すことができたそうだ。


 この話を始めて聞いたとき、元夢女であるわたしは思った。

 どこのヒロインだ、と。

 盲目の聖女ツェツィーリアはたぶん聖魔法を持っていたんじゃないかな、と。


 そんなツェツィーリアの聖魔法は、彼女が十八歳を過ぎる頃から段々と能力が落ちていく。それと共に自身の健康を損なうようになってきた。

 けれど彼女は自分の健康を省みず、人々のために聖魔法を使い続けた。たくさんの人に救いを与え続けた。


 そしてある日、ツェツィーリアの前に一人の若者が現れる。

 ツェツィーリアは驚いた。この若者ほど凍える魂を抱える人間に出会ったことがなかったからだ。

 彼女は若者のために歌い、励まし、手で触れ、寄り添い続けたが、彼女の聖魔法では若者の心を癒すことは出来なかった。


 ツェツィーリアは若者に問いかける。


「どうすればあなたの悲しみを癒すことが出来るのでしょう。私の残りの寿命をすべて使えば、あなたの心を救うことが出来ますのでしょうか?」


 若者は答える。


「いっときの慰めなどで、私が今日まで味わってきた地獄を追い払うことなど出来ません。

 ……ツェツィーリア、どうかあなたの一生を私にください。あなたの祝福ではなく、あなた自身を。どうか妻として残りの人生を私と共に生きて欲しい」


 ツェツィーリアは若者からの求婚に応え、結婚した。

 そして彼女は残された短い寿命で若者と暮らし、最期の時に彼のために聖魔法を使ったと言われている。


「彼女は素晴らしい女性でした」と神父様が言う。


「人々のために生き続けた尊いツェツィーリアは、死後に『盲目の聖女』という名を与えられ、こんにちも変わらず人々に愛され続けています。

 ……我々も彼女のように、清らかな心を持ち、隣人を愛し、手を差し伸べ、今日という日を生きていきましょう」





 こうして『星月夜の宴』のミサは終わった。

 あとは屋敷へ帰り、いつもより豪勢な食事を楽しもう。きっと父からハートのクッキーが贈られるに違いない。


「今日はすごく楽しかったです、お義姉さまっ!」

「レイモンドもとても頑張ったわね。偉いわ」

「ああ、私も出店の担当に聞いたよ、レイモンド。よく頑張ってくれたらしいね。ありがとう」

「お義父さまのご指導のお陰ですっ! あと、使用人たちや商人たちもとても良くしてくれたので」

「そうか、それは良かった」


 わたしと手を繋いでいるレイモンドの白髪を父は撫で、次にわたしの頭も撫でた。父はとても満足そうな笑みを浮かべていた。


「さぁ、我が家へ帰ろうか」

「ええ」

「はいっ!」


 わたしたち三人の上で夜空の星が瞬く。『星月夜の宴』の名にふさわしい夜だった。

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