第28話 お菓子作り



『星月夜の宴』は冬の始まりに行われるお祭りだ。

 その年の収穫を神に感謝し、これから始まる厳しい冬を乗り越えるために祈る。

 雰囲気は前世のクリスマスに似ているかもしれない。日中はバザーをひやかして、夕方からはミサに出席して、おうちでご馳走を食べる。たいていの人にとってはそんな一日だ。


 我がブロッサム侯爵家では毎年、教会で開かれるバザーにブロッサム領の特産や名物を売る屋台を出店する。そこで我が家で作った焼き菓子も販売するのが恒例だ。

 これが結構人気で、わたしや父や使用人たち総出で作るのだけど、毎年すぐに売り切れてしまう。正直、ミスティア様とルナマリア様の参加は有り難かったりするのだ。


「では皆様、手を洗ってから、菓子作りを始めましょう」


 エプロンを身に付けたわたしとレイモンド、ルナマリア様、ミスティア様と、なぜか一緒に来たドワーフィスター様へ、料理長がそう声をかけた。

 本日作るのは大量生産しやすいパウンドケーキとクッキーである。材料はすでに料理人たちが量を測って分けてくれているので、わたしたちは混ぜたり型に入れたりするだけだ。それでも貴族には物珍しい作業だろう。


「お菓子作りって懐かしいですっ! お義姉さま、僕、母さんと一緒にクッキーを作ったことがあるんですよ」


 レイモンドが洗った手を拭きながら、楽しそうにわたしに話しかけてきた。


「まぁ、素敵な思い出ね。今日のお菓子作りもうまく出来ると良いわね」

「はい。とっても楽しみです」


 微笑み合うわたしたち姉弟へ、ミスティア様とドワーフィスター様御兄妹が話しかけてくる。


「それにしても、レイモンド様はココレット様とずいぶん似ていないようですわね? 眼鏡が反応してレイモンド様のお顔がまったく見えませんもの。きっとよほど醜いのですわ」

「ああ。僕の眼鏡でもまったく見えないや。レイモンド殿はバケモノ級の不細工みたいだな」


 ごく普通に失礼な兄妹である。

 わたしは可愛いレイモンドの自慢話でもして差し上げようと口を開きかけたが、「あの!」とレイモンドが遮った。


「ワグナー様がその魔法の眼鏡を作ってくださったのだと、お義姉さまからお聞きしました! ワグナー様のおかげで、僕も侍女たちもとても快適に生活することができるようになりました。本当にありがとうございますっ! 魔術が使えるなんてとってもすごいですね!」


 天使か……ッ!!!


 我が義弟のあまりの可愛らしさに、わたしは胸を両手で押さえた。キュン死にしそう。


 レイモンドの言葉にドワーフィスター様は真っ赤になって口をわなわなと震わせ、ミスティア様も驚いたように目を丸くした。

 ドワーフィスター様が「フンッ」と照れを誤魔化すように息を吐く。


「ぶ、不細工のわりには礼儀ってものをわかっているじゃないか。……アンタ、名前は確かレイモンドだったな?」

「はい! レイモンド・ブロッサムです」

「よし、特別に僕の愛称を呼ばせてやろう。フィス様と呼んでいい」

「ありがとうございますっ、フィス様!」

「さぁレイモンド、ティア、こっちへ来い。菓子作りとやらを始めようじゃないか」

「はいっ」


 仲良く調理台へ向かうレイモンドとドワーフィスター様の背中を、ミスティア様が可笑しそうに見つめている。そしてこっそりとわたしの耳に囁いた。


「フィス兄さま、魔術を誉められてよほど嬉しかったみたいですわ」


 彼女はそう言うとすぐに二人の後を追って調理台へ向かう。


 ……きょうはレイモンドとお菓子作りが出来ると思って楽しみにしていたけれど、ドワーフィスター様に取られちゃったみたいね。

 けれど、初めての男の子の友達にレイモンドは嬉しそうだ。

 わたしも嬉しい気持ちが伝染したように口許を綻ばせる。


「……では、わたしと一緒に作業いたしましょうか、ルナマリア様?」


 静かに佇んでいたルナマリア様へ、わたしは声をかける。

 無表情ながらアイスブルーの瞳をキラキラさせたルナマリア様が、優しげに頷いてくれた。





 レイモンドとドワーフィスター様、ミスティア様はパウンドケーキ作り。

 わたしとルナマリア様はクッキー作りをすることになった。

 料理長の指導のもと、まずはボウルで材料を混ぜていく。

 ゆっくりと作業を進めるわたしたちの横で、ドワーフィスター様たちが風の魔術を使って材料を混ぜ始めた。なにそれすごい、ハンドミキサーみたい。レイモンドと料理長が「すごいです、フィス様っ!」「これなら大量生産も夢じゃありませんね!」とめちゃくちゃ興奮している。


 想定の半分の時間で生地を作っていくパウンドケーキチームに唖然としながらも、わたしとルナマリア様はクッキー生地を作っていく。

 どんな型にするか、トッピングはどうするかなどと話し合っていくうちに、調理室へ父がやって来た。

 父はまずはドワーフィスター様とミスティア様に挨拶し、魔法の眼鏡についてのお礼を言った。


「貴方様のお陰で、我が息子も、侍女たちも救われました。父として、この家の主として、心より感謝申し上げます」


 深々と頭を下げる父に、ワグナー兄妹だけではなく、レイモンドもその瞳に嬉し涙を浮かべていた。この部屋にいる料理人も使用人も侍女もみんなが「旦那様……!」と感動の嵐である。さすがは父だ。

 話の内容をよくわかっていないはずのルナマリア様まで瞳を潤ませて、「ココレット様とブロッサム侯爵様は見た目だけではなく、その清らかなお心もよく似ていらっしゃいますのね」と言ってくださった。

 ありがとうございます、と返しながらも『見た目だけではなく』という言葉が引っ掛かってしまう。え、もしかしてこの世界の人にとって、わたしと父ってそんなに見た目が似てると感じるの……? え??


 妙な胸騒ぎを感じているわたしを置いて、父は次にルナマリア様に挨拶をし、使用人からエプロンを受けとるとこちらのクッキーチームに参加し始めた。

 父は慣れた手つきで生地を均一に伸ばす。毎年わたしといっしょにお菓子作りに参加しているので手際がいい。

 用意されたクッキー型でわたしたちは型抜きを始める。エル様にあげるクッキーはやっぱりハートよね、と型を探す。一番きれいに焼けたハートをエル様に、二番目にきれいに焼けたハートをレイモンドにあげたい。


 しかし、ハート型はすでに父の手の中にあった。

 次々と型で生地をくりぬいていく父を唖然として見つめると。わたしの視線に気付いた父がふわりと微笑む。


「一番きれいに焼けたハートをココに、二番目にきれいに焼けたハートをレイモンドにあげようね。私からの気持ちだよ」

「……まぁ、とても嬉しいですわ、お父様……。ありがとうございます……」


 わたしはどうにか笑顔を返したが、内心冷や汗をかいていた。少なくとも、父とわたしは愛情表現が同じだ……。


 結局諦めて、花型を使うことにする。ルナマリア様は星型を選んだみたい。

 そのうちパウンドケーキチームの作業が終わったらしく、クッキーチームのお手伝いにやってくる。ナッツやジャムを乗せたりといったトッピング作業をしてくれた。


「では、あとは我々にお任せください」


 あとはオーブンに入れるだけのパウンドケーキとクッキーの並んだ鉄板を前に、料理長がそう言った。

 わたしたちは手を洗い、エプロンを外すと、客間へ移動する。

 お茶を飲んで休憩しながら、『星月夜の宴』当日のバザーについて話し合い、きょうはそこで解散した。

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