第22話 魔法宰相



 ドワーフィスター様は今、複雑な魔術式を組み合わせて、ミスティア様が要望する『不細工を見ても平気になる何か』を作ろうとしているそうだ。


「普通なら師から高度な魔術式を一つ学べば済むのだろうが、僕のは本の知識を頼りにした独学だ。本に載っている程度の魔術式を、反発させないように何個も組み合わせて、それらしいものを作るしかないんだ」


 二度、三度と訪問を重ねていくうちに、ドワーフィスター様もそれなりに会話をしてくださるようになった。おかげで初回ほどの手持ちぶさたを感じることはない。


「初めに魔術を知ったのは、父に連れられて行った古本屋でこの本に出会ったときだ」


 ドワーフィスター様は魔術との出会いを語り出す。

 そのとき彼が指差したのは、初日にわたしに貸してくださったワインカラーの革表紙の本だった。


 なんでも次期宰相教育の一環として市井の様子を見に連れて行ってもらったときに、一軒の古本屋さんに入ったのだそうだ。

 父に古本業の流通について教えてもらいながら店内を見ていると、ドワーフィスター様は一冊の本に妙に惹かれてしまう。どうしても気になり、手にとって見ると、それは今まで彼が触れたことのない知識だった。


「カルチャーショックだったんだろうな、こんな学問があるのかって、僕は単純に驚いたんだ」


 ドワーフィスター様はもともと勉学がお好きだったそうだ。だから父に言われるがまま宰相になるための勉強をするのも嫌いではなかった。このまま次期宰相になることになんの疑いも持たず、学び続けてきた。

 けれどそんなときに出会ってしまった新しい学問、魔術に、ドワーフィスター様は一気に魅了されてしまったらしい。


「アンタみたいに魔力がなければ、最初で躓いて終われたんだろう。けれど僕には魔力があって、簡単に魔術を使うことができた。もっともっと魔術を学びたいと取り憑かれても仕方がないだろう?」


 宰相教育は今でも受けてはいるが、今までしていた社交や慈善活動などの時間をどんどん減らして魔術を学び続けた。そしてついにはほぼ引きこもり状態になってしまったらしい。


「……ワグナー公爵家や、妹のティアには悪いと思っている。だけど僕はもっと魔術が知りたい。魔術を学びたいんだ」


 ドワーフィスター様は苦しげに言う。


「ティアには過激なところがあるが、兄想いのいい妹だ。僕がもし宰相を継がなくてもワグナー公爵家が傾かないよう、必死で次期国王の正妃になろうと頑張っているんだ。……ティアを苦しめている。分かっているのに僕は、いずれこの家を捨てて自分の魔術の師匠を見つけたいと……、そう夢見てしまう。僕はそんな、どうしようもない兄貴なんだ」


 あー、ミスティア様の『エル様の正妃になる宣言』はそこからなのね……。女性としての最高権力を手に入れれば、ワグナー公爵家が宰相役から外されても、お家を守れるようにというわけか。ミスティア様はなかなかの重責をお持ちだったのね……。

 でも。


「もったいないですね、次期宰相の役を捨てるのは」

「……わかってる。だけど僕は魔術が、」

「いえ、そうではなくて。魔術に関する国家プロジェクトだって、容易に提案出来る役職じゃないですか」

「は……?」

「魔術の師匠を当てもなく探すより、例えば国で魔術師や魔女を募集してお抱えにするとか、税金を安くして移住させるとか、そっちの方がたくさん魔術師が見つかるんじゃないですか?」


 前世の、地方のIターンUターン就職とか若者の移住を後押しする政策をイメージしながら言ってみる。


「それでシャリオット王国にやって来てくれた魔術師たちに、次世代の教育をしてもらって、ゆくゆくは王宮魔術師団とか作って、数十年、数百年後には『シャリオット魔法王国』なんて呼ばれる……そんな下地作りが出来そうじゃないですか、宰相って」

「……王宮魔術師団……、魔法王国……ッ!」

「しかも独学でここまで魔術が使えるドワーフィスター様なら、きっと宰相業務の傍らでも、本物の魔術師から学べば十分にレベルの高い魔術師になれるのでは?」

「で、出来るだろうか……僕にそんなこと」

「今から宰相教育を完璧に学んで、社交でどんどんご自分の味方を作って、今からご自分が宰相になったときに有利になる環境を作り上げればいいじゃないですか。ドワーフィスター様はせっかく地位も権力もあるんですから、ご自分の武器は有効活用すればいいですよ」


 自分の武器は最大限に磨いて活用する。それが絶世の美少女として生まれ変わったわたしの信条でもある。地位も権力も美貌も、使わなくてどうするというのだ!


 しばし唖然として話を聞いていたドワーフィスター様だったが、突然おなかを抱えて笑い出した。


「あっ、ははははははっ! ココレット・ブロッサム、アンタ、スケールのデカイ女だな! アハハハハハハ!」


 涙をこぼしながら笑い、拭いながらもまた笑う。


「本当だ、せっかくの次期宰相役を捨てるだなんて、なんてもったいない! 僕は馬鹿か、アハハハハ!」


 あまりに大きな声で笑うので、そのうち廊下側から扉を激しくノックされた。「フィス兄さまっ!? どうなさったの、ついに御乱心ですか!? 笑い声が煩いですわよ!!!」とミスティア様が喚いている。


 ドワーフィスター様はすぐさま扉を開けると、驚いた顔をして立っているミスティア様を見下ろし、宣言した。


「ティア、僕は決めた。この国初の魔法宰相になってやる!」

「はッ、ハァァッ!!? なにを急に仰っているのです、この大馬鹿者は?!」

「だから魔法宰相に……」

「今まで一族全員を心配させといてなに爽やかな顔してらっしゃるのですか、このクソ兄さまがッ!!!」


 その日の残りの時間はミスティア様とドワーフィスター様の壮絶な兄妹喧嘩が勃発されたのだけど……。

 黒髪紅目の兄妹は本当によく似たツンデレだったとここに表記しておく。





 帰りの馬車へ乗ろうとするとき、ミスティア様がこっそりわたしに耳打ちしてきた。


「よくわからないけれど……兄の心境の変化はあなたのお陰なのでしょう、ココレット様? ……あの、その、……感謝致しますわ」


 そう言って照れたように笑うミスティア様は本当に可愛くて……! あぁん、眼福!! 美醜逆転世界も結構楽しいじゃない!

 わたしは陽気な気分で帰宅した。

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