第98話

「あれ?どうしたの明くん」



 次の日の朝、僕は少し早く起きた。



 台所でお弁当の準備をしていた実くんが少し不思議そうな顔をしている。体調悪い?って。



 体調は………正直、あまり良くはない。

 ここ最近の気温の上昇。なのに学校や電車の中はエアコンが効きすぎていて、カーディガンを羽織っていても僕には寒い。

 うちはそこまでではないけれど、半袖ではいられない。かと言ってエアコンを切ったら切ったで暑くてぐったり。



 6月から9月ぐらいが、僕は一番苦手だった。



 しかも昨夜はあまり眠れなかった。

 宗くんが新しい家に住まず、政さんと住むと言っているという話を聞いたから。



 やっぱり僕のせいだ。



 そう思ったら、あまり眠れなかった。



「明くん、熱はかろう」

「あ、ううん。大丈夫。体調が悪いんじゃなくて………。今日は、宗くんにおにぎりを作ろうと思って」

「宗くんに?」

「………うん」



 要らないって言われているのは分かっている。ここ最近は作っていなかった。

 作ったところで、受け取ってもらえないかもしれない。



 でも。



「ご飯はあるから大丈夫だよ」

「………実くん」

「ん?」

「………僕、宗くんに嫌われちゃったかな」



 保育園の頃、仲良しだったっていう宗くん。

 お別れが悲しすぎて、僕の記憶から僕が消してしまった宗くん。



「そんなことないよ、きっと」



 自分で言って自分で悲しくなって、涙が滲んだ。



 あおちゃんとケンカしたって僕はこんなに悲しくならないのに、宗くんに嫌われたかもしれないって思うだけで、どうして涙が出てくるんだろう。



 実くんが僕の頭をいい子いい子するみたいに撫でてくれた。大丈夫だよって。



「宗くんに連絡しようか?明くんがおにぎり作って行くからねって」

「………ううん、いい」



 連絡して、要らないって言われたもっと悲しいから。

 同じ要らないなら、顔を合わせて言われた方がいい。



「頑張れ、明くん」

「………うん」



 僕はパジャマの袖で涙を拭って、宗くんの大好きなツナマヨおにぎり作りに取り掛かった。






「………何」

「あのっ………これっ………」



 今日僕は、いつもより1本前の電車に乗った。ひとりで。

 あおちゃんには先に行くねってメールした。

 既読にもならなかったから、多分支度の真っ最中だったんだと思う。



 今日は朝からジリジリと暑くて、玄関でカーディガンを脱いで鞄に入れて、日傘を持った。



 ただでさえ日傘をさす男の人は少ないのに、学校に日傘をさしていく男子は僕ぐらいで、僕ははっきり言ってものすごく目立っている。

 でも、こんな日差しを直接浴びたらどうなるかは、僕がイヤって言うほど分かっているから、これだけは譲れなかった。どんなに目立っても。



 寝不足と暑さ。



 途中、ひとりで来たことを後悔した。

 あおちゃんと来た方が良かったかもしれないって思った。



 汗をかいて、電車でその汗が冷えて、電車をおりてまた汗。



 昇降口で宗くんが来るのを待っている間にも、やっぱりあおちゃんと来た方がって、そればかり考えていて、宗くんが来たことに僕は一瞬気づかなかった。



 おはようも何もかもを飛ばして何って宗くんに、焦りまくる僕。



 保冷剤を多めに入れて、少し重いお弁当袋。

 僕はそれを、宗くんに押し付けた。



「おっ…おにぎりっ………作ったからっ………」

「………」



 同じ要らないって言われるなら、せめて顔を合わせてって思ったくせに、僕は宗くんの顔を見るのがこわくて、顔を上げることができなかった。



 ………受け取ってくれない。宗くんの手が動かない。



 やっぱり嫌われたんだ。



 じわっと滲みそうになる涙を、僕は唇を噛んで我慢した。

 それと同時に、頭のてっぺんや手、足先から変に冷えるような、気持ち悪いような感覚が来て、これはやばいやつだって。



 座らないと、これ、倒れるやつ。



 でも、ここで座り込んだら。



「………ありがと」

「………え?」



 僕の、下を向いている視界にうつる宗くんの手が動いて、押し付けたお弁当袋を宗くんが抱えた。



 受け取って、くれた。



 ほっとしたのはほんの一瞬。束の間。刹那。



「でももう、これで最後だ」

「………え?」



 あ。



 って、思ったときには遅かった。

 いきなり顔を上げたのもまずかった。



 僕の視界が一気にぐにゃりとへしゃげて、僕はそのまま、真っ暗な世界に引き摺り込まれた。



「明‼︎」



 暗い中、僕を呼ぶ宗くんの声が聞こえた気がした。

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