第93話
「宗くん、しばらくお弁当もおにぎりも要らないって」
僕の名前が入った、僕のたろちゃんネックレスが僕の元に戻って来てくれた次の日の朝。
いつものように起きておにぎりの準備をしようとしたら実くんにそう言われた。
しばらくお弁当も、おにぎりも。
「………え?」
「さっき連絡きた」
「………え?何で?」
「分かんない。今日から学校午前中だけとかじゃないよね?」
「ううん、違うよ」
「じゃあ何でだろう」
何でだろう。
昨日はあのまま夕飯までうちに居た。
なかなか手をつけなかったわらび餅は、ネックレスの話の後に、その後の夕飯も普通に、いつものようにぽろぽろ落としながら食べていた。
食後のお茶タイムだって、紅茶クッキーを食べていて、辰さんの分の夕飯とクッキーをタッパーで持って帰って行った。
『ごちそうさまでした。ネックレスのこと………本当にごめんなさい』
冴ちゃんと実くんと僕でぞろぞろと見送りに出た玄関前で、最後宗くんがくるりとこっちを向いて頭を下げた。
『ごめんなさいじゃないってば宗くん。長い間持っててくれてありがとう』
『そうだよ。ありがとだよ、宗くん』
僕はふたりの横で頷いて、帰って行く宗くんを見送った。
気になるといえばそれ。
昨日、最後の最後まで宗くんは、たろちゃんネックレスのことを気にしていた。
でも、それに関しては誰が悪いかって、僕なのに。
「今日はボクがおにぎりも作ろっか」
何でだろうって台所で立ち尽くす僕の頭に、ぽんぽんって実くんの手が乗った。
その日から、何故か宗くんが夕飯を取りに来ることもなくなった。来るのは辰さんか政さん。
学校で宗くんを見かけることもなくなった。
宗くんにおにぎりを作り始める前のよう。
同じ学年なのに、全然会わない。もしかして休んでるの?っていうぐらい見かけない。
辰さんに聞いても、政さんに聞いても、試合が近いからじゃないかって。家では普通だし、実くんのご飯もちゃんと食べているって。
『宗は試合前、いつもぴりぴりしてるから、あまり気にしなくても大丈夫ですよ』
辰さんが僕にそう言ってくれたけれど、僕は気になった。僕には気になった。
毎日のように触れていた手がない。
すぐ照れてそらす恥ずかしそうな目がない。
明って呼んでぼそぼそ話す声がない。
「ちゃんと食え、おら」
昼休み。中庭。
ちょうど木陰になっているベンチで、お弁当を足に乗せて、箸を持ったまま、僕はぼんやりしていたらしい。
あおちゃんが横からにゅっと手を伸ばして、自分のフォークに僕のお弁当のたまご焼きを突き刺して、僕の前に差し出した。
「………食べてるし、自分で食べられるよ」
「食ってねぇから言ってんだよ」
「………」
ジロって睨まれる。睨まれている。
僕は観念して、差し出されたたまご焼きを食べた。
「せっかく最近休まなくなってきてるのに、食わなかったらぶっ倒れるぞ」
「あ、そうだよね。明くん最近休んでないよね」
「………そうだっけ?」
夜にちょこちょことトイレと友だちになっているし、週末に熱を出すこともあるから、自分では以前と変わっていないと思っていた。
でも言われてみれば、確かに最近学校は休んでいないかもしれない。
そのときふと、光くんの親戚のあの派手派手な天ちゃんさんの言葉をふと思い出した。
『君の心そのままの繊細なその身体は、これから段々強くなって行くから大丈夫。あと少しだよ。このまま頑張って』
これから、段々。あと少し。
そうだっけ?って聞いた僕に、あおちゃんと光くんが同時にそうだよって言って、僕の足元にいたカラスのかーくんも、まるでそうだよって言うみたいにクワって鳴いた。
「宗の野郎が気になるのも分かるけど食え」
………宗くん。
もうどれぐらい会っていないんだろう。見てないんだろう。
僕の胸の奥が、宗くんを思ってきゅっとなった。
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