第88話

 何のときの写真で、誰が撮ったものなのか。



 僕は小さい頃から写真が苦手で、だいたい端っこの方で俯いて写っていることが多い。

 奇跡的にカメラの方を見ていても、絶対写真嫌いだよねって分かるような顔をしている。


 ある程度大きくなってからは、入学式や卒業式なんかの行事で、冴ちゃんのために撮られているぐらい。



 それが、こんな。



 自分で見て、自分にびっくりする。

 初めてかもしれない。こんな顔で写真に写っているなんて。



「これは………何のときの写真?」

「………本当に覚えてないんだな」

「………ご、ごめんなさい」



 宗くんは、少し寂しそうな顔で、それでもぼそぼそと、ぽつぽつと教えてくれた。



 これは保育園で先生からもらえる誕生日カードの写真だって。

 誕生日カードは、先生からのメッセージと先生とふたりで撮る写真と、ひとりで撮る写真の2枚が貼ってあるもので、写真はだいたい誕生日の少し前に撮っていたって。



 そうだったっけ?そんなものがあった?

 あったような気もするけれど、気がするだけ。



 うちで僕の保育園時代の写真や物を見ることはほとんどない。

 捨ててはいないと思う。小学生のときの何かで、保育園時代の写真を出してもらったことがあるから。

 でも、僕が知らないどこかにしまってあるということは、僕が不意に見つけないように、ということなんだろう。



 泣いて泣いて、咳が止まらなくなるほど泣いて、吐いて倒れて熱を出して、挙句に一部分の記憶喪失。



 それは、隠すよね。しまうよね。

 無くした記憶に触れるようなものを見て思い出して、また同じことを繰り返すかもしれないなら。その心配があるなら。



「俺と明は写真が嫌いで、ずっとイヤだってごねてた。そしたら先生が、じゃあふたり一緒にならどう?って」

「………それが、この写真?」

「………そう」



 ならきっと、うちにもあるんだろう。

 冴ちゃんか実くんに言ったら分かるんだろう。



「俺は、明とならいいって。明も、俺とならいいって」

「………」



 写真の中の小さい僕たちは、くっつけているお互いのほっぺたが潰れるぐらい、くっついていた。お互いの首に抱きつき合って。



 つまり距離感、ゼロ。



 もしこれが僕たちの日常的な距離感だったのなら、宗くんのにおいに懐かしさを感じたのも納得できなくはない。



「保育園は嫌いだった。でも、明が居たから、俺は………」



 手はまだ、手はずっと、さっきから握られたままだった。



 高校生にもなって、しかも一応の兄弟と手を繋いでいるなんて、どう考えてもおかしいのに、僕はどきどきはしてもイヤではない。



 その理由が、これなんだ。きっと。



 覚えていない。記憶にない。

 でも覚えていて、記憶にある。



「宗くんは、どんな子だった?」

「………重度の人見知り」

「………重度の」

「明以外とは喋れなかった」

「………僕以外、とは」

「いつも明にくっついて歩いてた」

「………いつも」

「明は休みがちだったけど、俺は明が来たときに自分が居ないのがイヤで、大嫌いな割にこっちの保育園は皆勤賞だった」

「………」



 ぎゅっと、宗くんが握っている手に力を入れた。

 そして。



「………会いたかった」



 写真を見たまま小さく呟かれた言葉に、やっぱり僕の胸がきゅーってなった。




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