第66話
「何だか随分楽しそうでしたねぇ」
にこにこ笑ってのんびりと穏やかに言う辰さんに、僕は心の底からほっとした。
政さんのことも宗くんのことも、決してキライとかではないけれど、まだどうしていいのか分からなくて緊張する。
しくしくと胃が痛い気がする。あと、身体に力が入り過ぎているのか、肩が凝って頭が少し痛む。
辰さんがにこにこと言ったのは、何とかみんながご飯を食べ終わって、僕たち4人は冴ちゃんの寝る部屋兼居間に全員集合したとき。台所の方での僕たちの声を聞いて。
た、楽しそうでした?って、実くんがかわいた笑いを浮かべながら辰さんに聞いている。
6畳の和室に大人4人と、大きさだけは大人の2人、計6人は厳しい。ぎゅうぎゅう。
僕は和室に入ったすぐのところに座って、時々台所の方に顔を向けて酸素補給をしていた。人の圧で苦しい気がする。
「今日は少し、話がありまして」
全員が集まって座って落ち着いた一瞬を見逃さず、ごほんと一度咳をしてから、辰さんがそう切り出した。
「え⁉︎双子⁉︎」
「はい」
「ほら2冊♡今日無事に母子手帳をもらって来ました♡」
「………ぼ、母子手帳」
「………」
「………」
驚きの声を真っ先にあげたのは実くんだった。
僕と宗くんはびっくりしたものの声には出せず、政さんは。
「………に、妊娠は嘘ではなかったのか」
「まだそんなこと言ってるんですか?政さんは」
「ああ、俺は重度の女性不信なものでね」
冴ちゃんのお腹の赤ちゃんが双子ということより、本当に妊娠していたことの方に衝撃を受けていた。
まだ信じていなかったことに、僕を含めたその場に居るみんなで思わず政さんを見た。
重度の女性不信。
そう言われると、誰も何も言えない。
宗くんでさえそこはつっこまず、黙っていた。
「前回出産からブランクあり、高齢、さらに双子って、冴ちゃん大丈夫なの?」
「………うう。実くんの言葉が全部突き刺さる」
「だってそうでしょ?いくらつわりが軽いからって、仕事なんかしてる場合じゃなくない?」
「それは辰さんにも言われて、今ちょっと調整中です」
「その方がいいよ、絶対」
邪魔だからってローテーブルも退かした畳の上に並ぶ、2冊の冊子。………母子手帳。
これ、こういうの、見たことがある。実くんのと僕の。
これにお腹の中での成長とか、生まれたときの記録、生まれてからの記録がしてあって、冴ちゃんが時々引っ張り出して見ていた。
たろちゃんの字で書いてある部分もあった。
実くんに1冊、僕に1冊。
それが目の前に2冊。
………双子。
僕に双子の弟か妹、もしくは一度に両方ができる。
今まで、辰さんがうちに来たり、政さん宗くんが来たり、僕の名字が変わったりで、冴ちゃんは再婚したんだなということは思っていた。
でも、冴ちゃんのお腹がまだ全然目立たないこともあって、自分がお兄ちゃんになる実感はまったくなくて。
「………僕が、お兄ちゃん」
新しい命が、冴ちゃんのお腹に宿っている。
そう思ったら、すごいなあって。
今この瞬間、奇跡的に授かった命がふたつも冴ちゃんのお腹に在って、居て、やがてここに生まれて出る。
その証がこの2冊。
僕はそっと、真新しい母子手帳に手を伸ばして触れた。
「辰さんがお父さんで、冴ちゃんがお母さん。そして、政さんと実くんと宗くんと僕がお兄ちゃん。………お兄ちゃん、だ」
「思いがけず、大家族ですね」
「………っ」
「明くん?」
どこからを口に出して言っていたのか。
辰さんの相槌に、自分が声に出して言っていたと気づいて僕は焦った。
聞かれた。言ってた。え、言ってた?だとしたら恥ずかしい。ちょっと待って。
「ごっ…ごめんなさいっ………」
びっくりして焦ってパニクって謝ったところで、ひゅって空気が喉に絡んで咳が出た。
ただでさえ恥ずかしいのに、さらにこんな焦りまくりがバレバレって。
すぐに背中に手が伸びて来た。何故か右側と左側から。
僕の右側には実くん。
そして僕の左側には。
………宗くん。
宗くんが、咳込む僕の背中を摩ってくれていた。こっちを向かないままに。
「この年でまさかの弟妹か………」
「子どもと間違えられそうですね」
「………キミもな」
政さんの呟き。実くんの揶揄い。それへの応酬。
そのときふんわりと。何故だろう。
ここにちゃんと、『家族』の空気が流れた気がした。
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