第65話

「宗くん、今日のおにぎりで一番美味しかったのはどれだった?」



 宗くんの言葉を聞いて、コンロのところでお肉を焼いている実くんが宗くんに聞いた。

 もしかしたら、話題を変えたかったのかもしれない。なんて僕は思った。



「明くんのおにぎりの噂は、宗から聞いている。俺にもいつか作ってもらいたい」

「………えっ?た、ただの、ごくごく普通のおにぎりですよ?」

「明のおにぎりはうまい」

「明くんのおにぎりは美味しいよ」



 政さんが、僕の斜向かいから少し身を乗り出すようにして、しかも真面目な顔をして俺にもなんて言うから、僕は焦った。

 何の変哲もないおにぎりなのに、過度に期待されても。

 そしたら今度は真ん前の宗くんも、コンロ前の実くんまで、申し合わせたように。



「ええっ………」

「だそうだよ、明くん。いずれ………いや、近いうちに是非」

「え、ぜ、是非?」



 だから、過度な期待は僕にはただのプレッシャーで、そんなの、考えただけでお腹が。



「………浮気かよ、政」

「は⁉︎浮気⁉︎」

「浮気」

「むっ、宗よ、いっ…いきなりお前は何を言ってるんだ⁉︎浮気など‼︎俺はそんな不埒なものをしたことは今まで一度たりともしたことはない‼︎断じてない‼︎」

「だって政、今の今まで実を口説いてたじゃん」

「口説く⁉︎俺は別に口説いてはいないが⁉︎」

「自覚なしかよ。超口説いてたし、普通に超好きじゃん、政。実のこと」

「ちょっと宗くん⁉︎」

「好き⁉︎俺が⁉︎彼のことを⁉︎」

「ずっと考えてたんだろ?虜なんだろ?実のご飯が食べられないことが耐えられないんだろ?」

「………たっ、確かにそうだがっ」

「それはもう、実が居ないと生きてけないってことだ」

「ちょっと宗くん‼︎」

「………確かに。確かにその通りかもしれない」

「ちょっと政さん‼︎しっかりして下さい‼︎ボクは男ですよ⁉︎アナタと同じ男‼︎」

「実ぐらいキレイなら、そんなの関係ねぇ。そうだろ?政」

「………」



 今日のおにぎりの話から、話がどんどんズレていて、僕はまたどうしていいのか分からず黙っていた。

 おにぎりへの過度なプレッシャーから逃れられたと、ほっとしていいのか悪いのか。



 って言うか。



 宗くんは、実くんのことを好きになったんじゃないのかなって、勝手に思っていた。宗くんの態度から推察して。

 でもそれは、僕の勘違いだったのだろうか。

 これはどこからどう見ても、宗くんが政さんと実くんをくっつけようとしているようにしか見えない。それ以外のなにものでもない。



 実ぐらいキレイなら、に、政さんがじっと、じっとていうよりも目を見開いて実くんを凝視した。

 その視線から逃げるみたいに、バカなこと言ってないの‼︎って、実くんは僕たちに背中を向けた。



 きちんとセットされた、少し長い、ピアスのある左側を耳にかけている髪。

 すらっと高く、細いけど細すぎない身体。小さい頭、長い手足。



 うん。実くんは、後ろから見てもキレイ。



「………宗よ」

「何だよ、バカ政」

「宗よ、バカは余分だ」

「だから何だよ」

「俺は病気だろうか?」

「は?」

「胸がこう………胸って宗よ、お前じゃないぞ?ここだ。この辺りがこう………彼を見てどきどきしている」



 この辺り、と、政さんは自分の胸一体を大きな手で摩った。

 それを見て、ニヤリと笑う宗くん。



「政さん、それはもうすぐご飯ができるからのどきどきですよ」

「………そ、そうなのか?」

「そうじゃねぇよ」

「もう、宗くん‼︎さっきから何なの⁉︎冗談にも程があるよ⁉︎」



 菜箸を持ったまま、くるんってこっちを向いた実くんと、実くんを見ていた政さんの目がばちっと合った。

 実くんはすぐにぷいって向こうを向いたけれど、政さんは。



 ………政さんは。



「宗よ」

「何だよ、バカ政」

「俺のここに、今ぷすっと何かが刺さった気がするのは気のせいか?」

「何言ってるんですか、政さんも‼︎ふざけたことばかり言ってると、もうご飯作ってあげませんよ‼︎」

「………そ、それはイヤだ。それは勘弁してくれ。もう黙るから許してくれ。頼む」



 政さんはテーブルに土下座をしてから、口の右から左までファスナーを閉じるような動きをした。



 実くんはそう言ったけれど、政さんがふざけているようには、僕には見えなかった。

 むしろ逆。改めて実くんを見て、実くんのキレイさを再確認して、そして………みたいな。



「やっぱバカだな、政は」

「………宗よ。一緒に黙ろうか」

「何かなんか、とっくに刺さってる」

「え」

「宗くん‼︎政さん単純そうだからそれ以上は本当にやめて‼︎」

「た、単純そうってキミ」

「………あ。ご、ごめんなさい。つい本音が」

「だからおいって」

「あ」



 度重なる実くんらしくない失言?に、実くんがかなり冷静さを欠いているのが分かる。



「実」

「………あのね、宗くん。一応ボクの方が年上なんですけど」

「政は確かに単純だけど、人が言うからどうこうなヤツじゃねぇよ」

「………」



 つまりそれは、どういうことかって。



 ………実くんが一瞬、泣きそうにくしゃっと顔を崩してから、僕たちにまた背中を向けた。



 政さんがもし本気なら、実くんは。



 政さんに必死に自分たちは同性だから、男同士だからって言って、自分で自分を傷つけながら、実くんは政さんを………守ろうとしているんだよね?



 誰よりも、その結果がどうであるか、実くんは知っているから。



「明」

「はっ…はい⁉︎」

「ツナマヨ」

「………ツ、ツナマヨ?」

「俺アレが一番好き」



 ツナマヨが、一番。



 話が最初に戻って、追いつかない頭。

 ツナマヨ。宗くんの好きなおにぎり。

 うちにはマヨネーズがなくて、慌てて動画を見てマヨネーズも作った。



「明のツナマヨが、今までで一番美味かった」

「………っ」



 時々見せる宗くんの笑顔は、僕の心臓によろしくない。



 どきんどきんし過ぎて、痛いぐらいだった。




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