第60話

「いらっしゃいませ」



 学校帰り。

 鴉山くん………光くんが開けたカフェのドアの向こう側から聞こえた、低く落ち着いたいわゆるイケボに、どんな人が言っているんだろうって見たら、モデルさんなの⁉︎っていうぐらいのものすごくカッコいい店員さんが居てびっくりした。



 黒い半袖シャツに黒いズボン、黒い膝丈エプロンっていう制服が、高い身長、真っ黒でつやつやな髪と正統派イケメンの顔と広い肩幅、厚みのある胸板、身体の半分以上が脚ですか?ってぐらいの長い脚に似合いすぎていて、この人一般の人?まさか何かの撮影?って、本気で思った。

 撮影じゃなく、この人がここの従業員だって言うのなら、この人目当てに来るお客さんも居るんじゃないかと。



「光」

「鴉」



 そう思ったその人が、こっちを見て光くんの名前を呼び、光くんがその人に鴉って。



 え?『鴉』ってことは、『鴉』ってことは、つまり。



「………え?」

「まじか」



 ゆったりとした歩き方でこっちに来たモデルさんのようなその人が、イケメン過ぎてこわい印象さえあるその顔をふっとゆるめて光くんを見下ろした。

 光くんも、僕たちに向ける顔とは違う、キレイさを増した顔でその人を見上げた。



「おかえり」

「うん、ただいま」



 そしてそっと、その人が一瞬光くんの左手首に触れた気がした。



「鴉、このふたりがぼくの友だち。こっちのかわいい子が菊池亜生くん、こっちのカッコいい子が鍔田明くん」

「え?」

「こんにちは〜。菊池亜生です〜」

「あ、えと、つ、鍔田明です。こ、こんにちは」

「………光から聞いている。俺は鴉山光一からすやまこういち。いつもありがとう」



 光くんの養父さん………って言ったら怒られそうなぐらい若くて、とてもじゃないけれど一般人に見えないぐらいカッコいいその人に、こちらにどうぞ案内されて僕たちは店の奥へと進んだ。

 向かいつつ、僕の頭の中は混乱していた。混乱を極めていた。



 まず、光くんの養父さんが想像と違い過ぎたこと。若過ぎてカッコ良過ぎたこと。

『養父』と聞いていただけに、僕の中で勝手に40代ぐらいの人を想像していた。

 でも、目の前の人は絶対に20代。しつこいぐらい何度も言う。言える。とてもじゃないけれど一般人には見えない。モデルさん、芸能人と言われても納得のカッコ良さ。

 それだけでも混乱なのに、さらなる混乱はふたりの間の空気。



 これは勘でしかないけれど、『親子』ではない。もっと違う感情がお互いの間にはあると思う。

 視線に含まれるある種の甘さみたいなものを感じる。養父さん………光一さん、と視線を合わせてからの光くんがとにかくすごいし。眩しいぐらい。

 元々顔立ちのキレイな光くんだけれど、今光一さんと居る光くんに比べたら。



 それから光くんの言葉。



『こっちのカッコいい子が鍔田明くん』



 光くんは、確かにそう言った。僕を紹介するときに。



 お世辞、だよ。

 あおちゃんをかわいいって言った手前、そう言わざるを得なかったんだよ。



 そう思うのに。



 ………そう思うだけじゃない、僕が居る。



「光も亜生も明も、金額気にせず好きなのを頼めばいい」

「うん。ありがと鴉」

「本当にいいの⁉︎やったっ‼︎ありがとうございますっ」

「………」

「明くん?」

「え?あっ………‼︎あ、ありがとうございます」

「明くん、気分悪い?大丈夫?」

「だっ………大丈夫‼︎ちょっとぼんやりしてただけっ………」



 実際はぼんやり、ではなく、混乱していた、だ。

 頭が追いつかない。まだ。



「お水とおしぼりを持ってくる」



 少々お待ち下さいって光一さんは頭を下げて、厨房の方に入っていった。



 その後ろからは、カフェ中の人の視線。

 光一さんはやっぱり、お客さんから注目の的になっていた。

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