第59話

 鴉山くんは僕の羨ましいの権化。

 こんな風ならさぞかし幸せだろうな。こんな風なら毎日が楽しいんだろうな。なんて、勝手に思っていた。

 容姿も性格も運動神経も頭も肌艶もいいから。

 でも、それは僕の勝手なイメージだった。

 多分少し僻みもあった。



 鴉山くんにも血の繋がらない家族が居る。

 しかも鴉山くんは、今その人とふたりで暮らしているって。



 色々あるよねって言葉と、言ってくれたときの表情が、決して今までが順風満帆ではなかったことを物語っていた。



「鴉がふたりに会いたいって」

「鴉って………」

父親な人?」

「鴉って呼んでるんだ?」

「うん。最初からそう呼んでたから、今さら変えられなくて。変なんだけどね、僕も鴉山だから。鴉に友だちができたって言ったら、会いたいって。店に来てくれたら何かご馳走してやるって」

「はいはいはい‼︎行く行く行く‼︎あお行く‼︎絶対行く‼︎」



 ご馳走してやる、の言葉に、小さいのによく食べるあおちゃんが手をあげて叫んだ。



 店ってあそこだ。前に行きそびれて、鴉山くんの家族が働いているって言っていた、あおちゃんが行きたがっているカフェ。



「鍔田くんも一緒にいい?ぼくもふたりを鴉に会わせたいんだ」

「………い、いいの?僕なんかが行って」



 僕は、鴉山くんのことをもう友だちだと思っていた。

 まだまだ馴染めない学校で、あおちゃん以外に普通に話せる唯一の存在。

 授業と授業の短い休み時間もしゃべったり、一緒に移動したり、こうして一緒にご飯を食べたり、途中まで一緒に帰ったり、ノートを借りたり、おにぎりをあげたり。

 だから、鴉山くんに友だちって言ってもらえて嬉しい。

 鴉山くんの養父さんにも会いたいって言ってもらえて、会わせたいなんて言ってもらえて。

 なのに、不安があるのは。



 ………僕が、やっぱり勝手に、不釣り合いって思っているから。



 キレイな鴉山くんに、虚弱軟弱、眼鏡、マスクの地味な僕。

 その上行っても僕は紅茶かお茶ぐらいしか飲めない。食べものは注文しない。すぐにお腹を壊すから。なんて、こんな僕。



「鴉に鍔田くんも会わせたい。だからぜひ、お願いします」



 鴉山くんはそう言って、僕に向かってぺこりと頭を下げた。

 それに、できた友だちを養父さんに会わせたいって気持ちがすごく強いのかもしれないって思った。



「………じゃああの、よろしくお願いします」



 頭を下げている鴉山くんに僕も頭を下げて、僕たちはあおちゃんに、またやってんの?って呆れられた。






 話はめちゃくちゃ早かった。

 何故なら鴉山くん………えと、光くん。名前で呼ぼうってなったから、光くんが、今日でもいい?って言ったから。



 あおちゃんはすかさず手をあげて、はいはいはい‼︎行く行く行く‼︎って叫んで、その勢いのまま、僕に特に用事がないことを知っているあおちゃんは、明くんも大丈夫でしょ⁉︎って。



「あ、でも鍔田くん………じゃない。明くん病み上がりだからもっと先がいいかなあ」

「大丈夫だって‼︎昨日の夕方にはぴんぴんしてたんだから‼︎」



 行きたかったカフェに行ける。しかもご馳走をしてもらえるというだけあって、あおちゃんの行く気はもう止まらない。

 鴉山くん………光くんは、行く気満々のあおちゃんを見て、僕を見て、心配そうな顔をしてくれた。



「僕、すぐお腹壊しちゃうから、外ではお茶とか紅茶ぐらいしか頼めないんだけど、それでも良ければ今日大丈夫だよ」

「無理してない?」

「うん。大丈夫」

「………ありがと、明くん」



 明くん。



 家族やあおちゃん以外で、そう呼ぶ人は今まで居なかった。

 呼び方ひとつで、距離がもっと縮まったように感じるのは僕だけ?



「へへ」

「ふふ」



 くすぐったくて、嬉しくて、少し恥ずかしくて、そういうのを誤魔化すみたいに笑ったら、光くんも笑った。



 やっぱり光くんはキレイ。



 改めて、そう思った。

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