第41話

 大丈夫だから座って食べて行ってって実くんの言葉に、宗くんは頑として首を縦に振らず、パンをひとつくわえて、ひとつは持って、脱いだ制服は脇に抱えて、政帰るぞって玄関にスタスタと歩いて行った。



『ごちそうさまでした。うまっ………お、おいしかった、です』



 そして、玄関のところで宗くんは最後、実くんに頭を下げた。

 政さんは急な宗くんにどうしていいのか分からないような感じで、宗⁉︎って少し情け無い声で宗くんを呼びながら、ごちそうさま。本当にうまかった。ぜひまた所望したいと言って、宗くんを追いかけるように帰って行った。



 お見送り後の玄関に残された実くんと僕。

 静かになったそこで、思わず顔を見合わせた。



「何か………バタバタだったね。疲れたでしょ。紅茶でもいれよっか」

「………うん。っていうか宗くんは何だったんだろう」



 政さんが実くんにとかの話題を出すまで、宗くんは普通だった。………宗くんの普通をそれほど知らないのに、普通って言うのもおかしいか。

 見ている限り前に来たときと同じような感じだったと思う。言葉少なに黙々とすごい勢いですごい量を食べていた。

 でも、口にした途端、急に。



 急、だったよね?政さんを遮るみたいに。実くんを………まるで、守るみたいに。



 僕の知らないところで、ふたりに何かあった?

 宗くんは、実くんと話すと必ずと言ってもいいほどに顔を赤くするけど、それも何か理由があったりする?



「多分、宗くんにはバレてるんだろうね」

「バレてる?」



 玄関から台所に戻りながら、実くんは静かに言った。

 実くんのその声が、諦め似た何かを含んでいるように、僕には聞こえた。トーンが違う。



「たまに変に鋭い人っていてね。ボクの何を見て何を感じるのか………何かを感じるんだろうね。いきなり言われることとかあるよ」



 キミはゲイだろう?ってね。



 え?って驚いて、足が止まった。

 実くんの後ろをついて行っていた足が。



 そんなことを言う人が?居る?実際に?

 ううん。その前に、気づく?実くんを見て?



 実くんは、どちらかと言えば男性的。政さんと並ぶとそれは顕著。

 今日ふたりが並んでいるのを見て、ものすごく思った。

 身長はさほど変わらないのに、体格が違う。政さんはどことなくごつごつというか、角張ったというか、どこを触ってもかたそうな感じがした。

 でも実くんは、もう少し柔らかな感じ。すらっとしていて角張っていない。流れる線のような。もちろん、女の人ともまた違っているんだけど。

 実くんは本当に中性的。ぱっと見だと男の人か女の人か分からない。

 だからこう………目立つというか。目を引く。



「居るんだよ。世の中にはね、そんな人が。しかも無駄に攻撃してくる人が」

「………そんな」

「そういう人に限って、だったりするんだけどね」

「………」

「政さんの言葉からして、辰さんはボクのことは言ってない。ってことは、宗くんはボクを見て察知しちゃったんだろうねって説明がしたかっただけだから、そんな顔しないで、明くん」



 学生時代、非の打ち所がなさすぎて数々の伝説を残した実くん。その伝説が今も残る実くん。

 僕の自慢であり、僕の前にそびえ立つ大きな壁の実くん。

 その実くんの、それは………琴線、なんだろうな。実くんにとって最大の弱点。容易に触れてはいけないところ。



 僕が生まれつきの虚弱軟弱体質で悩んでいるように、実くんも、それさえなければって思ったりするんだろうか。



「しかしまあ、よく食べる人たちだよね」



 実くんの言葉に反射的に見た台所のテーブルの上。いくつも並ぶお皿は、それはそれはキレイに完食されていた。

 なのにテーブルには食べこぼしが結構あって、何でこんなにこぼすんだろうねって、実くんは笑った。

 僕は何だかよく分からない気持ちでいっぱいで、そうだねってうまく笑えなかった。

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