第39話
いいなって、実くんを見ていると思う。
実くんをって言うのか。実くんの周りの人を見ていると、実くんのことが。
僕と実くんの年の差は12才。だいぶ離れている。ひとまわり。
でも、小学校でも中学校でも言われた。
『あの山田実くんの弟か』
実くんは成績が良かった。運動もできた。しかもカッコよくて優しくてしっかりしている。学校では必ず学級委員とか級長とか部長とか生徒会長をやっていた。
僕が実くんと同じ小学校中学校に入るまでの12年、実くんは………『山田実』は、先生たちに忘れられることなく語り継がれるぐらいの、非の打ち所がない伝説の生徒だった。
教員生活の中で一番印象に残っている生徒だって、何人もの先生が言っていた。
実際、仕事で授業参観やお迎えに来られない冴ちゃんの代わりに実くんが来ると、実くんを知っている先生たちに、実くんはいつも囲まれていた。わざわざ僕に実くんが来るかどうか聞きに来る先生も居た。
実くんは、先生にはもちろん、女の子にはもちろんもちろん、同級生だけでなく、上級生にも下級生にも、近所のおじさんおばさんおじいちゃんおばあちゃん、小さい子にも動物にも実くん実くんって好かれていた。
実くんがさっきみたいにふんわり笑うだけで、さっきの政さんや宗くんみたいに一瞬で、目と心が奪われる的な。そういうところが実くんにはあった。本当に、大袈裟に言っているのではなく。本当に。
実くんは、大好きな僕のお兄ちゃん。僕の憧れの存在。
でも。
いいなあって僕は、思っていた。思っている。
僕も実くんみたいになりたかったって。
『え?キミあの山田実くんの弟なの?』
そう言われるたびに、ちくんって、胸の奥が痛くて。実くんに見惚れる人たちを見るたびに、ちくんって。
「あっためるから、ちょっと待ってて。宗くんは2個ぐらい食べられる?3個?」
「………うん。あ、えと、さ、3個」
「3個ね。すごいね。よく食べる」
左側の髪の毛を耳にかけて、実くんは立ち上がった。
光るピアス。あと、胸元のたろちゃんネックレス。
僕も同じネックレスをしているけれど、どうしたって似合わない。実くんみたいには、僕は。
「明くん、大丈夫?もう食べられない?」
「………え?ううん。食べられるよ」
「無理に食べなくていいからね。食べられるだけにしようね」
「………うん」
実くんが僕にそう言ってくれたのは、僕がパンを食べる手を止めていたから。
政さんと宗くんのおもてなしをしながら、僕のことも気にかけてくれる。ちゃんと見ていてくれる。
ここに冴ちゃんや辰さん、あおちゃんや朱音ちゃんあおちゃんのお母さんが居ても、実くんは全員を見て、全員に気を配るのだろう。配れるのだろう。
実くんは、僕みたいに自分のことだけでいっぱいいっぱいになったりしない。
実くんは僕の、大好きで自慢のお兄ちゃん。
そして実くんは僕の。
立ちはだかる巨大な………壁。
いいな。
もし僕が実くんだったら。もし、僕が。
リネンの布に包まれた、昨日焼いたロールパンを取り出して、実くんはそれをコンロの魚焼きグリルに乗せて火をつけた。
「そこであたためるのか?」
「ここであっためるよ。うちにはトースターがないし、レンジでチンよりこっちの方が絶対おいしいから」
「へぇ………」
政さんに聞かれて答えながら、実くんはテキパキと流れるようなキレイな所作で、政さんと宗くんのパンを用意して、あいたお皿を下げていく。
ほら。
政さんも宗くんも、実くんを見ている。実くんに見惚れている。
ちくんっていう胸の痛みは、僕が昔から感じている痛みで。
いいなって、やっぱり今日も、僕は実くんに思うんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます