第31話

 丸刈りの男たちを誘導してから俺とスウェル2号が飛び込んだ先の一室は、まさに狂気の実験室というにふさわしい場所だった。


 これまで見つけた実験の痕跡は焼却されて判読不能だったが、ここは違う。火事の形跡はほとんどなく、書類や計器はほぼ無傷の状態で残されていた。


「他と違ってきれいな部屋だな。もしかしたら当時の記録がまだ残っているのかもな……」


「待ってよ。探し物をしている場合じゃないよ。今は逃げるのが先決だよ」


「ああ、――ったく。こんな時じゃなければ何か見つけられたかもしれないってのに」


 俺とスウェル2号はひとまず周りのものに触れず、別の出口を探すため実験室へ踏み込んだ。その時、同時に天井から光が差し込んできた。


「!? ……いや、ただの人感センサーか」


 俺はブービートラップが作動したのかと思い驚くも、凶刃が襲い掛かる様子もなく胸をなでおろす。しかしそれがいささか楽観的な判断だと思い知らされたのは、先ほどまでの逃走劇も通電によって始まったという事実を想起してからだった。


 引き続き奥を進むように光源が実験室中に拡がっていき、全てに命が宿る。それはどうやら照明だけではなく、同じ部屋にある計器やその他の機器も息を吹き返し、部屋に電磁波のような重低音を響かせて立ち上がり始めていた。


「ったく、油断する暇もありゃしない」


 俺は動き始めたコンソールに近づき、一通り目を走らせる。複数の数値を示すメーターは単位さえ分からず、英語も堪能ではないのでボタンの意図する役割が把握できなかった。せめて真っ赤で大きな緊急停止スイッチがあればいいのだが、都合よくそんなものが目の前にあるはずもなかった。


 機械の掌握しょうあくを早々に諦めた俺は、両手を握りしめて大きく振りかぶった。


「どうするの?」


「他に方法がないなら、こうするしかない!」


 俺は迷うことなく固めた鉄の拳を筐体きょうたいに向けて振り下ろす。


 すると打撃の衝撃で操作パネルがウエハースのように砕け、火花と煙が噴き出してきた。


「どうだ?」


 そのまま壊れて全ての動作が停止する可能性に賭けたが、事態はそう上手くもいかなかった。


 俺たちの目の前に鎮座していた4つのカプセルが開き、白く濁った液体と共に中に収められていた物体が床に倒れ込む。その中身は俺の予想とは違い、目新しいものだった。


「待てよ。さっきの奴らとずいぶん違うな!?」


 横たわったそれらは、あまりにも異様な姿をした人間だった。


 どいつもこいつも人として通常四肢がない箇所に他の手足が付いており、個体によっては元の部位が欠損している。そのプラスアルファが先天的ではなく人為的なのは、身体の隅々に刻まれた痛々しい手術痕が証明していた。


 人の異形、と形容できる正体不明の生き物たち4体は各々おのおの起床するように立ち上がり、ゆっくりと俺たちに視線を向けた。


「来るか……?」


 俺は人の異形が丸刈りの男たちと同じように奇声を上げて襲い掛かってくるかと身構える。ただしまたしても予想に反し、人の異形たちはすぐに動く様子がなかった。


 人の異形たちは俺たちを観察するように視線をゆらりと動かして出方を伺っているようだった。淡い黄色の燐光りんこうを放つ目には理性的な光があり、所作しょさは知性を感じる。それどころか、その4体は会話をすれば応じてくれそうな気配さえあった。


 俺は自分の直感を信じ、意を決して先に説得を試みた。


「皆、落ち着いて聞いてくれ。俺たちはこの地下施設に迷い込んだ無関係な人間なんだ。身体の変化に戸惑っているかもしれないが、ここで何があったか話してくれないか?」


 俺はできるだけ慎重に、相手を刺激しない言葉を選んで人の異形たちをなだめようとした。ついでに10年前から置き去りにされたであろう人の異形たちから話を訊ければ、この地下施設で何が行われたか知る機会を得られる。そんな儚い期待を込めた目論見だった。


「……」


 だが人の異形たちは俺の問いかけに応えなかった。


 そして丸刈りの男たちのように叫ばずとも、人の異形たちのまとう空気が敵愾てきがい心に変わったのはすぐに分かった。目に宿る光も意思の存在だけではなく怒りに燃えているためだと気付き、俺はあとずさりしようとする。


「これはやばいか」


 俺がスウェル2号へ注意をうながして逃げる算段をしようとした時にはもう遅く。人の異形たちは静かに足を運び、俺たちを壁際に追い詰める形で包囲していた。


「結局結果は同じかよ。ならやることも変わりなしだな」


「でも明らかに様子が違うよ。気を付けて!」


「分かっている。こっちも肩があったまってきたところだ。徹底的にやってやるよ! できるだけ隣りを離れるなよ」


「了解だよ!」


 相手が4人とはいえ必ず1対2になるわけではない。囲まれれば容易にパワーバランスは傾き、1人で3人、酷ければ4人全員を相手にしなければならない。


 俺は向こうがこちらに殺到してくるケースも想定して備えたが、人の異形たちの戦い方は丸刈りの男たちのそれとは違った。


 人の異形同士は十分に距離をとり、それぞれ戦闘の構えをしてにじり寄る。個体によっては瓦礫やガラスを手にして武器を調達する者さえいて、高度な頭脳と技術を予感させた。


「やはり知性があるのか……。ならどうして襲ってくるんだ? こいつらもボックスの影響を受けているのか?」


 人の異形たちの意図は測りかねたが、思慮にふける暇はなさそうだ。


 最初に向き合った人の異形は両腕1組分が脇腹の後ろから生えているタイプだった。多すぎる腕を四方の斜め方向へ軽く伸ばし、通常よりも広い拳の制空権を得ている。


 他にも背中を曲げない高いスタンスはボクシングの戦闘態勢に似ており、俺のように組み付きを想定した総合格闘技向けのものとは異なる。改造は腕だけではなく、継ぎはぎされた足は肉食獣のような長いかかとが備わっており、近づき方を間違えれば鋭いキックを貰う可能性もある外見だった。


 俺に近づいてきたのは前述の肉食獣タイプとは別に、もう1体いた。そちらは体格が更に大きく、腹水のように膨張した下腹とその腹からイソギンチャクのごとく無数に伸びた腕の群れが特徴的な個体だった。


 肉食獣タイプの人の異形と区別するためにこちらは肥満タイプとでも呼称しよう。


 俺と2人の人の異形はすり足で互いの距離を測り、必殺の間合いを探って静かに呼吸を整えた。


「……!?」


 先に仕掛けてきたのは肉食獣タイプの異形の方だった。右の軸足がほんの少し踏み出され、左足が鋭く振るわれる。


 俺は咄嗟に両腕を目の前で交差させ、波打つ肉の鞭となった肉食獣タイプの蹴りから自分の胴体をかばった。


「おも……!? いや違う。柔らかい!?」


 両腕で受け止めた肉食獣タイプの左足はこれまで俺が受け止めてきた何人とも比べられない打撃だった。


 威力なら先日埠頭で出会ったサイボーグ男の膂力りょりょくに相当するが、しなやかさがまるで違う。例えるなら野球のバットやゴルフのクラブのように慣性で力強くたゆみ、通常の何倍にも増幅する溜めが作られていた。


「押される!?」


 総重量約500キロの俺の身体が揺らぎ、スウェル2号とは逆方向に弾かれながら慌てて体勢を立て直す。跳ね飛ばされるほどではないにしても、軽自動車程度なら馬力の上回る機械の身体が生身の肉体に押し負けるとは思わなかった。


「感触は明らかに機械じゃなかった……。何らかの手術がされているようだがサイボーグ以外でここまで強化できるのか?」


 人体の強化という点ではサイボーグ以外にも行われた試みはなかったわけではない。今から30年ほど前、人間の機械化とは別の路線で人体のままより高い次元の人類として昇華しようとした人々の前例がある。


 それは人の機械化に反動する形で立ち上げられた運動で、「人間原理主義」とか「人類進化運動」とか「人体強化論」などで知られる元々思想的なものだった。


 ある種の純血主義や優生主義が混ざったそれらの活動は、現代社会に不満を持っていた層に訴求力そきゅうりょくもあり次第に数を増して力をつけ、組織として膨れ上がっていった。けれどもボックスによって加速したIT技術に対して生化学的な技術の発展は遅れをとり、時代と共に求心力を失ってしまった。


 衰退期の後半は一部狂信的な支持者が起こした過激な実験が明るみとなり、運動のピリオドを早める結果となったと聞いている。


「手術と称した非倫理的な肉体の改造実験や遺伝子実験があったらしいが、これも関係あるのか?」


 肉体の改造という点なら、俺の目の前で動いている人の異形たちは改造手術を受けた可能性が高そうだ。繋ぎ合わせた腕や脚、不釣り合いな足の長さや複数の腕を生やした肥満体は、成長によるものだけだと論じるのは無理がある。


 ただこの場所で行われた実験というなら、これは収監されていたジル・カライト博士の実験と無関係ではないはずだ。だとすると、こいつらが過剰な改造をされたまま生きているのはボックスが関係しているかもしれない。


「じゃあ、ボックスと脳の融合は人体改造の一部なのか? それとも因果が逆? 人体を強化すればボックスとの融合に耐えられるのか?」


 走馬灯のように複数の考えが巡るが、俺を覆うように拡がった影が考えるのを中断させた。


 見上げると、俺の方へと肥満タイプの異形が迫っている。両腕を前に組んでいたせいで視界がさえぎられ、接近に気付けなかったようだ。


「多少でかいだけだろ!」


 俺はそのままの体勢で足の配置をスイッチし、突貫してくる肥満タイプへ向き合う。ほぼ同じタイミングで肥満タイプの奇怪な腹が俺に押し付けられ、ものすごい重圧を感じた。


 俺は重さをこらえながらも突進を両手で受け止め、そのまま肥満タイプの体重を概算がいさんする。巨大な肉塊のような重さに対して圧力センサーの計測はスピードを覗いておおむね300キロと指し示した。こちらもどうやら全身が有機体だけで構成されているようで、金属が含まれているような比重は見られなかった。


 それよりも対処が大変なのは肥満タイプの腹部に生えたいくつもの腕の方だ。まるで蜘蛛の巣のように腹部の腕から伸びる指が俺の身体に絡みつき、引き剥がそうとしても離れない。


 頭が回るようならこのまま肥満タイプで俺の動きを鈍らせ、肉食獣タイプの攻撃で仕留めにくるかもしれない。身体の特徴を考えれば、悪くないやり方だ。


「だが洞察に欠けるようだな!」


 俺は肥満タイプから距離をとるのを止め、逆にこちらから相手の両腋を抱えるようにして身体を掴んで密着する。それはもう一方の腕が多いものの、相撲取りの組み手のようにがっぷりよつに組み合った状態だ。


 肉食獣タイプが俺の後ろで上段蹴りのスタンスに移行したのを見計らい、俺は身体の出力を最大まで上げた。


「ったく、重いんだよ!」


 すくい投げの要領で肥満タイプの身体を宙に浮かせ、均衡が崩れる。


 俺は肥満タイプを持ち上げた勢いのまま、後ろにいる肉食獣タイプの方へ全身を傾け、叩きつける格好でぶつけようとした。


「!?」


 間一髪で肉食獣タイプが自身の危機を察知し、バックステップで俺の攻撃範囲外へ逃げる。もう少しで一網打尽に出来るチャンスだったが、肝心なのは肥満タイプの無力化だ。


 肥満タイプは俺に投げられて天地逆転し、頭頂部を床に激突させる。当然それだけでは済まず、落下の衝撃で頭から脊髄にかけて砕け散り、慣性と重力によってそのままゆっくりと倒れた。


「死んだか?」


 俺が姿勢を正して肥満タイプの様子を確認すると、それはまだ動いていた。とは言っても、その動きは踏み潰された昆虫のように痙攣けいれんするだけで、戦闘は続行不可能のようだった。


 残りの肉食獣タイプに警戒しつつも、肥満タイプの死体をざっと確認する。そしてどうやら予想は間違っておらず、肥満タイプの割れた頭蓋から変形した銀色の固体が覗いていた。


「やはり丸刈りの男たちと同じか……。じゃあ、こいつらも同じ研究から生まれた奴らか」


 俺が独り言のようにぶつぶつと口にしながら分析していると、再び肉食獣タイプが動き始めた。


 肉食獣タイプは距離を縮めながら、ジャブで俺の顔面を狙う。


 サイボーグの身体ならば顔に細腕の拳が直撃したところでダメージは微々たるものだ。それでも顔を逸らして避けたのは、万が一にも義眼にクリーンヒットした場合、視界を消失するリスクがあるためだった。


 俺は頭を振りながらも肉食獣タイプの腕を捕えようと何度も空を掴む。相手の腕が細い分、遅れて手を伸ばしてもスピード負けして一向に結果が得られない。


「だったら強引に!」


 俺は両腕を顔の前で組み、多少の抵抗覚悟で肉食獣タイプへ肉薄しようとする。


 止められるワケがない。という確信をもって俺は体当たりを仕掛けたが、右下から突き上げられた蹴りで自分の身体が揺らぐのを感じた。


「ぐっ……!?」


 痛覚をシャットダウンしているので何発殴られようと動きは鈍らない。だがそれは身体が万全の状態での話だ。


 完全なサイボーグならともかく、俺には生の内臓が多く残っている。それゆえに装甲越しの打撃でも強いものは有効といえた。ただし今俺が感じている不調は相手の攻撃だけが理由ではないようだった。


 右下腹部にはちょうど敵の軍用ドローンによって損傷した内臓がある位置だ。ノーヘッドが治療してくれたとはいえ、傷を塞いでからまだ間もない。回復も十分ではないだろう。


 不快な感覚を遮断していて気付くのが遅れていたが、ここまで無理をしていたツケが今になって追いついてきたようだった。


 俺の隙を察したのか、肉食獣タイプは続けて同じ左足で蹴り上げ、体勢を崩してかがんでいた俺の頭部を狙う。


 かろうじて間に片腕を挟みキックの衝撃を受け止めるも、肉食獣タイプの強化された蹴撃は防御の上から俺の脳を揺さぶってきた。


 その威力は装甲でライフル弾を受け止めた時よりもはるかに強く、十分に意識を刈り取れる攻撃だった。ただ不幸中の幸いにもその時俺の足の踏ん張りはあまりなく、身体が吹き飛ばされたおかげで俺の意識はまだ冴えていた。


 肉食獣タイプは俺が立ち上がるのを阻止するように、次々と畳みかけてくる。狙う先はもちろん俺の右下腹部、俺の唯一のウィークポイントをローキックで執拗に攻撃してきた。

 

 相手の動きに対応して俺は右脇腹をカバーするも、尋常ならざる蹴りを前にしてはそれも十分な防御といえない。おまけに薄くなった顔面のガードの間を狙い、時折左右のパンチが目という急所目掛けて飛んできた。


「くっ!」


 俺はたまらず身体を丸めてみるも、執拗な攻撃は収まらない。反撃しようにも体勢による機動力の差と高さの問題でそれも叶うとは思えない。


 何とか打開策を求め、俺は縮こまった身体を横に転がした。


 意表を突けると思ったが、視界の広い位置にいる向こうから見れば俺の選択は苦し紛れの悪あがきに過ぎなかったようだった。


「ぐへっ!?」


 肉食獣タイプはサッカーのシュートのように転がっている俺を蹴り飛ばす。攻撃は見事に俺のケツへクリティカルヒットし、身体はまっすぐ壁際まで転がってしまい、近くの事務机を破壊してそこにあった書類の束をぶちまけた。


「……てて。痛覚を抑えていると言っても脳は揺れるんだよ。お手柔らかにお願いしたいもんだな」


 肉食獣タイプは俺が立ち上がるのを待たずに追撃を与えようと再び迫ってくる。できるだけ猶予が欲しいこちらとしてはまったく嬉しくない相応性に、感嘆のため息さえ出そうだった。


 俺は周りに散らかったガラクタと紙を掴んで適当に投げ、少しでも肉食獣タイプが怯むのを期待した。これも苦心した結果の微々たる反抗だが、黙って連撃を食らえるほどこちらは寛容でもない。


 はたして壁を助けに自分が起立するのと追撃のどちらが早いかと身構えるも、ほんの少し手前で肉食獣タイプは急に立ち止まってしまった。


「なんだ?」


 話し合いに応じる気になったのかと思えば、違うらしい。肉食獣タイプは足元の紙を拾い上げ、中身を注視しているようだった。内容はこちらから確認できないが、天井のライトによるかすかな透過で図形と文字の羅列がうかがえるものの、それに特別感はなかった。


 だから肉食獣タイプが笑うように、怒っているように口角を吊り上げて鋭く加工された歯列を見せたのは、俺にとって予期しない反応だった。


「あああああああああああああああ!」


 絶叫。もしくは咆哮。


 俺の人工皮膜による聴覚器官を強烈にひっぱたいた悲鳴は、感覚を調整する暇もなく俺の脳細胞を貫いた。


「――っ! うるさ!」


 暴走した電気信号の伝達に顔をしかめてわずかかにまぶたを下げてしまい、次に気付けば肉食獣タイプの顔はもう目の前にあった。肉食獣タイプはこちらが動く前に両腕で身体を拘束し、俺の後頭部を壁に擦りつけながら馬乗りで押さえつけてきた。


 先の蹴りとは違い、今度は組み伏せられた状態のまま俺の顔に拳のラッシュが降り注ぎ始める。俺は腰を捻って避けようとするも身体のスペースが十分にないため、今度も両腕を盾にして一時しのぎに徹するしかなかった。


「クソクソクソ! 急になんだよ!」


 せめてもの救いは、肉食獣タイプがガードできなくなった俺の右脇腹に攻撃加えるようなマネをしなくなった点だ。


 本来なら腕によるガードを阻止し、俺の傷口を執拗に痛めつける戦術も可能だったはずだ。それなのに今の肉食獣タイプは正体をなくしたような乱打ばかりで理性的な様子ではない。明らかに演技ではなく、怒髪天のように怒り狂い完全に取り乱していた。


 もし少しでも肉食獣タイプが冷静に考えを巡らせていれば、この距離での馬鹿正直な徒手空拳としゅくうけんが不利だとすぐに気づけただろう。けれども、そんなまたとないチャンスを逃すほど俺は弱っていなかった。


「腕力勝負がご所望か?」


 たとえ組み伏せられたとしても機械の身体にとって上の半身だけを起こして相手に密着するのは苦も無くこなせる。途中で逆に押し返そうと肉食獣タイプが乗りかかってきたが、たかが数十キロの負荷は誤差の範囲でしかない。



 俺は互いに身体をすり合わせるようにして懐へ潜り込むと、顔を守っていた両腕を解放して今度は肉食獣タイプの頭をつかんだ。


 左手は頭頂部分に添え、右手は下顎の先を握りしめる。それはちょうど首を中心に丸いハンドルを握ったような恰好だった。


「!?」


 肉食獣タイプはやっと自分の末路を察したらしく、頭の拘束から逃れようと暴れ始めた。ところが俺の拘束から逃げられないと悟ると、別の手段を講じてきた。


「首折り合うのも多生の縁、ってわけか」


 肉食獣タイプが互いに組み合うようにして、俺の頭部を掴む。どうやら俺に折られる前に先に折ってしまえ、という目論見のようだった。


 狙いは悪くないがそれは無理だ。俺の頸部は中身こそ元の脊髄だが、背骨そのものはビルの鉄骨のようなチタン合金と、鉄筋のように張り巡らされたナノカーボンチューブによって守られている。大型重機が上を通っても支えられる頑丈な構造が、俺の腕力ほどもない力で軋むはずもなかった。


「自分の非力さを呪うんだな!」


 俺は一息にハンドル代わりの頭を回し、肉食獣タイプの首をあっさりねじ切ってしまった。

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