第377話 羽生の敗北を悲しむ男

2023年3月11日から12日にかけて行われた王将戦の第6戦。

ついに羽生善治はぶよしはる永世七冠が藤井聡太ふじいそうた王将に敗れ去った。


将棋を知らない人のために簡単に説明しよう。


日本には囲碁、将棋それぞれにプロの棋士が存在する。

将棋の現役プロ棋士は170人前後だ。


この170人が名人戦や竜王戦など8つあるタイトル目指して戦う。


たとえば名人戦の場合。

順位戦A級リーグの10人の棋士が9ヵ月間かけて総当たりで挑戦者を決める。

そしてときの名人との3ヶ月がかりの七番勝負で勝った方が名人となる。


驚くべきはその賞金だ。

勝者は1200万円であるが、それに対局料や手当が加わる。

なので、名人が防衛すると約3500万円になるとされる。


この名人位を通算で5期獲得すると永世名人を名乗ることができる。


同様に竜王、王将、王位、王座、棋聖きせい、棋王、叡王えいおうなどのタイトルがある。

それぞれに永世称号をとるには連続5期とか通算7期などの要件がある。


天才揃てんさいぞろいのプロ棋士の中でもこれらタイトルを獲得できるのはほんの一握り。

1回でも何らかのタイトルをとれば世間からあがたてまつられる。


そのタイトルを同時に七冠保持していた羽生はまさに将棋の神であった。

ちなみに羽生の全盛期、タイトル戦は7つしかなかった。

そして、7つすべてで永世位をとったのだから空前絶後の偉業である。



そんな羽生にも限界が来た。


1つは年齢的なもの。

意外にも将棋は体力勝負の面があり、年を取ると勝つのが難しくなる。

現在52歳の羽生だが48歳で無冠になり51歳でA級から陥落した。


もう1つはAI時代の到来だ。

残念ながら現代はコンピュータソフトの方がプロ棋士よりも強い。

時代とともに将棋の戦法も進化している。

AI的な考え方をうまく取り入れた方が勝ちやすい。


一方、現王将である藤井聡太はまだ20歳。

自分でパソコンを組み立てるほどだからAIにも親和性がある。

14歳でプロ棋士となり、デビューから29連勝。

あっという間に5冠を獲得した。


令和は間違いなく藤井の時代であり、6冠、7冠も時間の問題だろう。

その藤井王将に挑戦者として羽生永世七冠が挑んだ。

羽生はタイトル戦で99勝しており、後1つ取れば100勝だ。


いずれ藤井が全タイトルを独占するにしても、羽生が100勝してからにして欲しい。

そう思っていた人は多いのではなかろうか。


そして2023年1月8日から始まった第72期王将戦7番勝負。

勝者は順に藤井、羽生、藤井、羽生となり、双方1歩も引かない名勝負となった。

ここから、第5戦と第6戦を藤井が連勝して王将を防衛した。


あの絶対王者であった羽生が2-4で藤井に敗れ去った。


悲しい、悲しすぎる。


でも羽生だから2勝することができたのかもしれない。

藤井相手のタイトル戦なら0-4か、せいぜい1-4が普通だ。



2015年の札幌で行われた日本脳神経外科学会第74回学術総会。

文化講演で演者として登場したのが羽生七冠であった。


今思えば、プライドの高い脳外科医たちが平伏へいふくする数少ない人材だったのではないかと思う。


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