第372話 外見に騙される男 1

10数年前。

オレは新車を買った。

国産だが随分いい値段の車だった。


オレごときがこんなだいそれた車に乗っていいのか?

最初はそう思っていたが、そのうち体の一部になった。


通勤に使っていたせいか、気がつくと20万キロ以上も乗っている。

高い車だったけど十分に元をとったと思う。


そのうち、エンジンの調子が悪くなってきた。

エンジンオイルが漏れているのか、2ヶ月も走るとオイル不足の警告灯がつく。

そうなるとガソリンスタンドでさなくてはならない。

もうガソスタの兄ちゃんもオレの顔を憶えていて、行ったらすぐに継ぎ足してくれる。


で、新しい車を買うことにした。


色々試乗してみるが、毎回、妻が助手席に乗ってオレにあれこれ指図さしずする。

あれはダメだ、これはまあまあだ。


何を基準に判断しているのかと思ったら、座席だった。

自分が座って足がつくこと、ハンドルを切ったときに左右に体を持っていかれないこと。

それが大切なのだそうだ。


結局、「これがいい!」と妻が合格点を出したのはバケットタイプのものだった。

当然、足回りも固められている。

「もうサーキットで走ることもないのに」と思ったが「さやの中の刀は常にませておけ」と自分に言い聞かせた。


それよりも何よりもオレが値段の高い車に求めるのは非日常の世界だ。

室内のイルミネーションとか、未来感あふれるダッシュボードとか。


「このね、内装のイルミネーション。色んなカラーになるやつ。これをつけてもらえないかな」

「いいですよ。プラス〇万円になりますけど」

「オッケー」


たちまちオレの頭の中はイルミネーションに囲まれて疾走する夜の高速道路の風景に満たされた。


「ちょっと、ちょっと!」


妻から物言いがつく。


「そんなの、なんにも性能に関係ないじゃん」

「でも、走っていたら気分が良くなるし」

「すぐにきるくせに!」


たちまち夜の高速道路から現実に引き戻された。


「やっぱり気持ち良く過ごすってのも大切じゃないかな」

「何を言い出すのかと思ったらイルミネーションって。何それ?」

「ヒイーッ!」


目の前で見積書みつもりしょを作っていたセールスマンがあわてた。


先生方せんせいがた、落ち着いて下さい。もうこのくらいはサービスしておきますから」


オレは「ラッキー!」と言いそうになったが妻のいかりはおさまらない。


「あんたはね、いっつも外見にだまされてばっかりなのよ!」


一方的におこり飛ばされる。

こうなったらオレも言うべきことを言わねば。


「外見、外見って言うけどな」

「何よ!」


「外見にだまされて……結婚したんや」



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