第331話 教科書を書いた男
久しぶりに彼の顔写真を見た。
昔一緒に働いていた放射線科のレジデントだ。
あれから10年以上経ち、何と彼が教科書を書いていた
画像と身体所見から診断に迫るというものだ。
もともと優秀で熱心なレジデントだった。
そして、いささかワイルドな人間でもある。
それにしても本を書くまでに成長したとは!
本当に驚いた。
ただ本の内容についてはオレと意見が異なる部分がある。
巨細胞動脈炎、いわゆる側頭動脈炎についての記載だ。
これは頭痛や発熱、顎の痛み等で発症し、進行すると失明する難病だ。
彼は、
生検というのは
ホルマリン固定して染色して標本を作成するのに数日間。
さらに顕微鏡で見て病理診断をつけなくてはならない。
その時間が惜しい。
診断が必ずしも確実ではない。
だから生検を飛ばして治療を開始する。
それが彼の言い分だ。
しかし、オレは言いたい。
生検すればその場で巨細胞動脈炎か否かが分かる、と。
こう思うに至ったのは理由がある。
以前はオレも浅側頭動脈の一部を切り取って病理に提出して終わっていた。
だから診断を待つのに1週間かかっていた。
が、ある時から切り取った残りの動脈を
少しでも頭皮の血流を温存しようと思ったからだ。
そこで初めて気づいた。
巨細胞動脈炎の血管内皮は肉眼的にも明らかに異常だ。
だから、髪の毛よりも細い10-0という針糸で行う吻合が極端に難しい。
直径1ミリ程度の血管だから元々簡単ではないものの、普通は吻合する事ができる。
が、巨細胞動脈炎の血管はそんなに簡単じゃない。
その難しさと正面から戦って初めて気づかされた。
これは尋常なものではない、と。
だから生検には意味があるし、その場で結果が分かる。
全身麻酔でやっても術後2時間もしたら患者はケロリとしている。
だからオレは生検を勧める事にしている。
その診断に基づいて信念をもってステロイド治療を行う。
むしろ、糖尿病などの副作用が出たときに「それでもステロイド治療の判断は間違っていない」と言い切るだけの根拠が欲しいからだ。
もちろん、各病院、それぞれの医師の方針には色々なものがある。
人によって得意・不得意もあることと思う。
だから各自の信じる所にしたがって治療方針を立てればいい。
彼は彼のやり方で病気と戦って今の治療方針に
その姿勢は間違いなく
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