第283話 謎を残して旅立った女

「これは医療ミスですよね」

「その、まだミスと決まったわけでは……」



数日前に他院から紹介されてきた高齢女性の臀部皮下腫瘤でんぶひかしゅりゅう

当院で針生検はりせいけんしたら血種けっしゅとともに大量の繊維がみつかった。

「ガーゼ遺残いざんの可能性はないですか?」と病理医に尋ねられた。


まさか、前の病院で手術したときに置き忘れたのか?

そう思って、前の病院に問い合わせたら、こんな反応が返ってきた。


「手術で使うガーゼはすべて鋼線こうせん入りのもので、遺残があれば術後のレントゲンに写るはずです」


確かにレントゲンには何も写っていない。


果たして遺残なのか、そうでは無いのか。


針生検をした担当医が家族に経緯を説明したところ、冒頭の反応が返ってきた。

当事者でもないのに完全に板挟いたばさみだ。


そうこうしているうちに患者の容体はどんどん悪くなってくる。

果たしてガーゼと関係があるのか、別の疾患のせいなのか。

実は悪性疾患も疑われていたのだ。


「万一の事があったら病理解剖ゼクだ」


オレはそう主張した。

そうしたら反論が……。


「でも、もしガーゼが出てきたらどうするんですか?」

「謝ったらいいじゃん、その方がすっきりするだろう」

「訴えられますよ、そんなことしたら」

「仕方ないね。というか、訴えられるとしたら前の病院だろ。何でオレたちが心配するわけ?」

「それはまあ、そうですけど」

「あ、もちろんオレも『万一』なんて事は望んでいないよ。このまま回復してくれたら皆がハッピーだし」


サージセルなどの止血剤を針生検で吸った可能性もある。

このサージセルというのは一見すると綿わたみたいに見えるものだ。

繊維のかたまりなので、病理医がガーゼと間違えたのかもしれない。

そもそもサージセルは創部に置いてくるものだ。

レントゲンに写らないから話が合う。


ガーゼかサージセルか?


訴訟の有無にかかわらず、検証はしておくべきだ。

だから万一の事があれば、遺族には病理解剖ゼクを申し出よう。

患者が衰弱した原因も分かるかもしれないし。

オレは主治医にそう言っておいた。


が、真実を知る機会は永遠に失われてしまうことになる。

主治医が不在のときに患者が亡くなり、そのまま当直医が死亡診断書を作成してしまったからだ。

誰も病理解剖ゼクの提案はしなかったらしい。

当直医なんて通りすがりの人間なので、思いつきもしなかったのだろう。


もしガーゼ遺残いざんがあったならあったで術者は謝罪しなくてはならないし、損害賠償もあり得る。


逆に、もしガーゼが無かったら遺族も術者も胸のつっかえがとれる。


結局、分からないままになってしまった。

済んでしまったことは仕方ない、残念だけど。

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