第255話 手探りの治療を続ける男
その患者は80歳を超えた女性だ。
買い物に出かけている時に意識消失を起こした。
救急車で搬入された時には意識は元に戻っていた。
既往に大腸癌があった。
いや、今もあるから、既往症ではなく併存症か。
1年ほど前に大学病院で手術をされたが残念ながら再発してしまった。
しかし、主治医にはこう言われた。
「余命3ヶ月ですがウチで出来ることはもうありません。自宅で
そう言って、宛名なしの紹介状を渡されたのだそうだ。
どこに行くあてもなく患者は自宅に戻った。
自分の事はできるので、近所のスーパーマーケットに行っていたらしい。
そこでフラフラして倒れた。
見ていた人が救急車を呼んで、当院の救急外来に搬入されたわけだ。
比較的軽症の救急は総合診療科が担当している。
「もしかして
誰かが珍しい名前に気づいた。
最初に対応した診療看護師からの連絡でオレは救急外来に行った。
すでに
そこで上記のような
余命3ヶ月、大学病院で出来ることは何もない。
それはそうだろう。
せめて信頼できる在宅医につなぐとか親切なホスピスに紹介するとか。
出来る事は色々あったのではないだろうか。
また疼痛コントロールも十分とは言い難かった。
モルヒネなどの医療用麻薬を積極的に使ってもいい段階に来ている。
が、そういう治療が行われた形跡もない。
もう大学病院に期待しない方が良いのだろうか。
だから総合診療科で入院加療することにした。
癌患者の対応は苦手だが、オレたちにもできることがあるはず。
せめて患者にちゃんと向き合おうと思う。
まずは貧血の治療と疼痛コントロールだ。
輸血を開始しモルヒネを投与すると患者は目に見えて元気になった。
家の仕事が残っているから帰りたい、とまで言い始める。
帰るのは在宅医かホスピスの手配ができてから、とオレたちはなだめた。
が、次の日に大量の下血があった。
あわてて輸血で追いかけ、抗凝固薬を中止する。
そもそも消化器癌からの出血で貧血が起こっていたわけだ。
何の気なしに継続していた抗凝固薬も切っておくべきだった。
この抗凝固薬は心房細動の血栓予防に使われていたものだ。
しかし、余命3ヶ月の人間に使う意味はほとんどない。
慣れていない疾患に対応するというのはこういうことなのだろう。
すべてが
次に何が起こるか予測ができない。
こんな状態で在宅やホスピスにつなぐことができるのか?
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