第225話 イタリア語で話しかける男

 ウン十年前、オレたちの新婚旅行はイタリアだった。

 ローマから始まってナポリ、ソレント、カプリ島、アマルフィなど、南イタリアを1周した。


 新婚旅行に出発するにあたり、イタリア語をおぼえよう、と妻に提案された。


 そんな馬鹿な、急に言われても無理!

 誰でもそう思うはずだが、オレもそう思った。


 妻の考えていたのはそんな大袈裟おおげさなものではない。

 レストランで食べたいものを注文するために、というのがその意図だった。

 だからオレはレストラン関係のイタリア語を憶えた。

 日本に戻ったら忘れてしまったけど。



 さて、米国留学中の最初の2年間、オレたちは学生寮に住んでいた。

 隣の部屋にいたのはイタリア出身のミケーレだ。

 統計学の大学院生だった。


 ミケーレとはそんなに親しいわけでもなく、顔を見たら挨拶する程度だ。


 ある日の事。

 学生寮全体でアップルピッキングに行くことになった。

 日本で言うところのリンゴ狩りだ。


 誰かがどこからともなく借りて来たバスに乗って出発した。

 何しろアメリカというのは途方もなく広い。

 ひたすら走った上に、さらに走って、ようやく現地に到着した。


 アップルピッキングというのは文字通りピッキングだった。

 枝からリンゴをとるのではなく、地面に落ちているものを拾うだけ。

 それでもオレたちを含めて貧乏学生達には貴重な食料だった。


 一休みして併設の食堂で昼食だ。

 目の前にミケーレがいたのでギャグをかましてやった。


"ケ・コーサ・ミ・コンシリアレ?"


 そう言うとミケーレの顔がパッと明るくなった。

 人間の顔があんなに明るくなったのを見たことがない。


 かろうじて憶えていたイタリア語の1つ。

「お勧めの料理を教えてください」という意味だ。


 ミケーレは「どれも美味しいと思うよ」と英語で答えてきた。


 それにしても相手の国の言葉を憶えるのは仲良くなる王道だと思う。

 特にイタリア語は発音が難しくないので、日本人向きなのだそうだ。


 色々な国の言葉を憶えるのも悪くない。

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