第207話 3分間、押さえ続ける男

手術中の止血法には色々ある。

脳外科でポピュラーなのはバイポーラによる電気凝固、外科では糸による結紮けっさつ

以前からあるサージセルとかスポンゼル、最近登場したサージフローなんて止血剤を使うこともある。


しかし、どんな場合にも使えるのが圧迫止血だ。

相手が動脈でも静脈でもじっと押さえていれば何とか止まる。


だから手術中に出血点がよく分からないときはサージセルを置いてベンシーツという綿わたの上から吸引管きゅういんかんで押さえる。


「3分間、押さえておこう」


術者がそうおごそかに宣言する。


が、てして外科医というのは気が短い。

30秒もしたら「もう止まったかな」といって綿の下をのぞき込む。

当然、30秒程度では止血できているはずもなく振り出しに戻ってしまう。


オレとて例外ではない。

やはり30秒以上待つのは苦痛そのもの。

だが、凡百ぼんひゃくの術者との違いは、自分自身を客観視できることだ。


気の短い自分を知っているからこその秘策がある。

助手を使う。


「オレの代わりに3分間押さえておけ。絶対にゆるめるなよ」


そう言って助手に押さえさせておき、自分は別の作業をする。

骨弁にあなを開けたり、チタンプレートを固定したり。


「あの、いつまで押さえておいたらいいのでしょうか?」


助手に泣きそうな声で尋ねられる。


「ん? ちゃんと3分ったか」

「3分どころか10分も押さえて、もう手が震え始めました」

「そうか。上等、上等」


そうっと綿をめくってみる。

やはり10分間も押さえているとちゃんと止血されてビクともしない。


「頭と助手は使いよう」とはこのことだ。


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