第166話 意地悪な質問をされる男

前回は専門医について語ったので、今回は医学博士について語る。


まず、〇〇学部を卒業すると自動的に〇〇学士となる。

さらに大学院の2年間の修士課程を卒業すると修士しゅうしになる。

その後に大学院の4年間の博士課程を卒業すると博士はかせになる。


晴れて工学博士や文学博士を名乗れるわけだ。


医学部の場合は少し違っている。


そもそも大半の学部が4年制のところ、医学部は6年制だ。

だから、卒業したら学士を名乗るものの、卒業した時点で修士相当と考えられる。

卒業後は修士課程を飛ばして4年間の大学院を卒業し論文が認められると医学博士になる。


一方、大学院に行かずに論文を書き、それが認められても医学博士だ。

いわゆる論文博士というやつだが、論文審査の前に英語とドイツ語の語学試験にも受かっておかなくてはならない。



さて、論文にも基準というのがある。


査読のある英語ジャーナルに筆頭著者で2つ以上通さなくてはならない。

この2つが、いわゆる主論文と副論文になる。


オレの場合、生まれて初めて投稿した英語論文は見事に落とされた。

査読者2人ともに落とされたのだ。


それから後は実験と臨床応用を重ねては論文を書いて投稿した。

徐々に門前払いがなくなり、査読者からコメントがつくようになった。


ただ、データが足りないから実験をやり直せとか、色々言われてしまう。

査読者が3人もいると、それぞれが好き放題にコメントしてくるので大変だ。


後に主論文にしたものは、査読者との英語でのやり取りが1年近くあった。


「言われたところは全部直したぞ。どっからでもかかって来い。次は何だ?」


そんな心境になって待っていたところ、突然、3人の査読者から一斉に「合格!」という返事をもらった。

その瞬間、それまでの自分の人生をすべて肯定された気になったが、同時に腰から力が抜けてしまった。


結局、論文ってのは投稿した段階ではまだ道半ばに過ぎない。

後の半分のエネルギーは査読者との戦いに温存しておくべきだ。



さて、オレの医学博士に話を戻そう。

いくつかの論文の中から主論文と副論文を選び、いよいよ公聴会に臨む。


これは自分の研究を皆の前で披露し、あらゆる質問に答える試練の場だ。

誰が参加してもいいし、いくら意地悪な質問をしてもいいことになっている。


もっとも、査読者とのやり取りに比べれば、どんな質問も試練でも何でもない。

オレの公聴会はあっさり終わってしまい、物足りなさだけが残った。



ただ、本当に偉い人は医学博士を取ったくらいで終わりにしない。

さらに研究を続けて論文を書き、教授になる。


教授になったくらいではまだまだだ。

さらに論文を書いて医学の進歩に貢献し続ける。


あるいは実家のクリニックを継いだりしても研究をやめない。

疾患のメカニズムを解明しては論文を書き続ける。


もう終わりがない。

こういう立派な人たちは死ぬまで研究と論文作成を続けるのだろう。



オレの場合は論文の執筆からカクヨムの執筆にそれてしまった。

それもまた1つの人生だと思う。


オレも死ぬまで続けることになるのかな。

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