第165話 図書室で勉強を続ける男

医療機関ホームページの医師紹介。

資格として専門医とか認定医なんかが書いてある。


これが何を示すのか、どうすれば取れるのか。

オレの経験の範囲内で誰でも分かるように説明したい。


ちなみに並んで表示されている医学博士というのは学位であって資格ではない。

言うなれば大学卒とか大学院卒みたいなもので、これについては改めて語る事とする。


オレの場合は脳神経外科専門医となる。

その取得基準はこれまで色々な変遷があった。

経験に照らして説明しよう。


まず医学部を卒業して6年以上、うち4年以上の脳外科診療経験。

その間に100だか200だかの手術症例数を経験して受験資格を得ることができる。

手術は脳腫瘍とか脳血管障害とか外傷とか、満遍なく経験しなくてはならない。


試験は筆記試験と口頭試問がある。


難儀なことに、こいつは競争試験だ。

つまり、合格するのは3分の2だけで、3分の1が落とされてしまう。

この3分の1は再度勉強をして翌年に受験しなくてはならない。


筆記試験になかなか合格せず、5~6回受けていた先生もいた。

恥かしながらオレも筆記試験で1回落ちた。


敗因を考えるなら、勉強ノートがバラバラになってしまったことだと思う。

2年目には必要最小限のノートにまとめて試験に臨み、合格して口頭試問に進んだ。


口頭試問は3つの関門がある。

脳腫瘍、脳血管障害、その他だ。


2人の試験官の前でマネキンの頭部相手に手術のやり方を説明する。


「モンロー孔付近にできた腫瘍の生検を行う場合、どのように行いますか?」

「私なら経皮質接近法トランスコーティカルで行います」

「では、マネキンでやってみてください」

「はい。まず右から前角穿刺を行います。そして、その経路を辿たどって側脳室前角に入ります」


よりエレガントな経脳梁接近法トランスカローサルという方法もあるが、オレは確実性を取った。


「病理組織のスライドをお見せしますが、種類は何でしょうか?」

「悪性リンパ腫ですね」


といったやり取りが続き、何とか3つの関門ともクリアした。

中には口頭試問で引っ掛かって翌年に再受験となった同僚もいる。



一体この試験勉強にどのくらいの時間を費やしたのか?


今考えれば、だいたい大学受験と同じくらいではないかと思う。

オレはずっと勤務先病院の図書室で勉強していた。

図書室の一角に教科書を積み上げて私物化していたのだ。


朝、出勤したら図書室に行って勉強開始。

急患が搬入されたら救急外来に行って処置する。

終わったらまた図書室だ。

次に入院患者の事で病棟に呼ばれる。

そして図書室に戻る。


幸い、あまり忙しくない病院だったので勉強時間を確保することができた。


そうやって苦労して取った専門医だが、脳外科学会の中ではあまり有難いものでもない。

多分、日本脳神経外科学会の会員数は1万人前後で、そのうちの8割は専門医だろう。

後の2割は後期研修医、いわゆるレジデントだ。


ということで、脳外科学会の中では専門医資格は持っていて当たり前。

専門医になっても修行は一生続く。

オレを含めて脳外科医のほとんどがまだまだ修行中の身だ。


次回は医学博士について述べよう。


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