第163話 休まず遅れず働かずの男

「公務員が1番いいのに。なんで皆、目指さないんですかね」


そう言っていたのは大学生。

脳外科外来に通院しているオレの患者だ。


頭を打ったときにたまたま撮影した頭部CTでちょっとした病気がみつかった。

以来、1年に1回くらいの画像フォローをしている。


彼も就活の季節を迎えたが、もっぱら公務員狙いだという。


「民間みたいにつぶれることもないし、滅多にくびになったりしないし。定時で帰れるんでしょう?」


オレにかれても困る。

国家公務員も地方公務員も民間も経験したが、あくまでも医師という立場でだ。

やる仕事は全く同じで、給料が違っているだけだった。


勤務医の場合、設立母体のサイズと給料のサイズが反比例する、という法則がある。

国が安く民間が高い。

もっとも昨今はかなり差が縮まってきた。



オレの事はともかくとして、彼はめでたく地方公務員になった。


「国の方は落ちちゃったんですけど、市の方に受かりました」


ということで、4月から働き始めたら驚きの連続だったのだとか。

最初に配属されたのが税務課。

ちょうど納税の季節だったので、フロアには怒声が飛び交っていたのだそうだ。


「もう初日でめたくなりました。大変なところに来てしまった、と思って」


大学生までの世界と現実世界との差をの当たりにしたのだろう。


「でもウチの係長は極めていますね。地域住民に怒鳴られてもずっとニコニコしていますから。もうお地蔵さんですよ」



翌年、診察室にやってきた彼はかなり役所生活に慣れたとのことだった。

定型業務ばかりなので、要領よく済ませることができるのだそうだ。


「コロナになって助かりました。来庁する人の数は変わらないんですけど罵声ばせいを飛ばされることが無くなりましたから」


確かにマスクなしで大声を出したら危険だ。

だから、マスクをしてソーシャル・ディスタンスを取って小さな声でしゃべらなくてはならない。

怒られる機会も大幅に減ったそうだ。


「でも役所でやって行くためのメンタルってのも必要なんじゃないですか?」


オレは自分の見聞した範囲で公務員の大変さを語った。


「よく『休まず遅れず働かず』って公務員を批判する人がいますけど、そもそも『休まず遅れず』が出来ない大人が多すぎじゃないかな。公務員が遅刻や欠勤をしたらたちまち処分されますしね」

「そうそう」


だいたい定時に行こうとするから遅刻するわけで、1時間前に行くつもりなら遅れるはずがない。

オレはいつも1時間半前には職場についている。


「それと議員さんにはかならず『先生』ってつけなくちゃならないし」

「そうなんですよ」


うっかり「三原じゅん子」などと呼んではならない。

正しくは「三原先生」だ。

呼び間違えようものなら上司に殺される。


現職の議員ならあまり間違えないが、元議員の場合が要注意だ。

不明なときは「代表」とか「理事」とか、職名で呼んでおけば間違いはない。

それも分からないときは、とりあえず「先生」をつけておく。


「ちょっと副業や海外旅行しようと思っても書類やハンコ集めが大変だし」

「先生、よく知ってますね」

「一応、国も地方も経験しましたから」

「そうだったんですか!」


というわけでこの青年。

次はどんな役所生活を語ってくれるのか。


来年の「ビックリ公務員物語」が楽しみだ。

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