第159話 予定調和をぶち壊す男
夏休みの時期、研修病院は一斉にマッチング試験を行う。
そして、医学部の6年生たちは自らの研修先を求めて、4~5ヶ所の病院を受験する。
世間でいうところの就活にあたる。
ウチの病院でもマッチング試験を行った。
面接官としてオレも試験に臨む。
「あなたの考えるチーム医療について述べてください」
隣に座っている看護部長が女子医学生に尋ねた。
定番の質問だが、模範解答はあるのだろうか。
「私の考えるチーム医療とは、医師だけでなく、看護師さんや薬剤師さんもそれぞれの専門性を生かして患者様の全人的な医療を実現することです」
医学生の答えに看護部長が満足そうにうなずいている。
「以前であれば、医師が1人で何でも決めていたかもしれませんが、今後は医師もチームの一員という立場で加わるべきです」
この辺が模範解答ってところなのだろうか。
「もちろん医師がチームのリーダーの役割を果たさなくてはならないわけですが、何でも1人で決めるべきではありません」
一通りの答えが終わった後でオレが質問する番になる。
が、質問の前にオレは自分の意見を言いたくなった。
「私が見るところ、医師が1人で決めるなんてことはありません。そんなのは昭和の話ですよ」
他の3人の面接官が驚いてこちらを見る。
「退院前カンファレンスなんか、一応は医師として立ち合いますけど、訪問看護ステーションと病棟の看護師さんでパッパッパッと打ち合わせして終わりですよ。医師の出る幕なんかありませんね」
予定調和らしきものをぶち壊してしまった。
でも、いい機会なので本当の事を言っておくべきだろう。
「医師の仕事というのは必要な診断書や意見書なんかを言われた通りに作成するだけです。時代は遥か先に進んでいるので、研修医になったら頑張ってついて来てください」
「は、はい」
退院前カンファだけの話ではない。
リハビリカンファでは、理学療法士と病棟看護師の間でどんどん打ち合わせを済ませていく。
同席している医師は転院時期を尋ねられるくらいしか口を開く機会はない。
虐待の個別症例などは児相とMSWの打ち合わせに終始する。
ちなみに児相とは児童相談所、MSWは医療ソーシャルワーカーの略だ。
医師は特に口を出すこともないので、同席しない事の方が多い。
もっとも裁判になったら証人尋問のために法廷に行くことになる。
加害者側の弁護士に散々やり込められるのも医師の仕事のうちだ。
残念ながら医学生といえども現場の事には疎い。
むしろマスコミの植え付けるイメージに惑わされている気がする。
研修医にオレが求めるのは、何でも自分の頭で考えろってことだ。
考えて、考えて、考え抜いた上で判断する。
それが、医師免許証を与えられた者がなすべき第一歩だ。
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