第155話 死刑を執行された男

2022年7月26日、東京拘置所で加藤智大ともひろ死刑囚の刑が執行された。


加藤智大は2008年6月8日に発生した秋葉原連続殺傷事件の犯人だ。

2トントラックで歩行者天国の5人をはね、さらにダガーナイフで17人を刺した。

この事件で7人が死亡し、10人が重軽傷を負った。


今回は彼の死刑の是非を論じることはしない。


この時にマスコミで論争のあったトリアージと医療機関の受け入れ体制について振り返ってみたい。



令和の現在、トリアージという言葉は一般社会にある程度は浸透していることと思う。


簡単に言えばトリアージは治療の優先順位付けだ。

負傷者が多数出た場合、誰を優先して治療するかを決めなくてはならない。

さもなくば、助かる人も助けられなくなる。


そこで、黒、赤、黄、緑のタッグを負傷者の右手首につける。

黒は心肺停止、赤は重症、黄色は中等症、緑は軽症だ。

この行為をトリアージといい、START法などのやり方がある。

歩けるか否か、呼吸、循環、意識を順にチェックし、1人30秒以内で判断する。


そして、治療の優先順位は、赤、黄、緑、黒となる。

重症患者の赤が最優先で治療されるのは当然だ。

逆に、すでに心肺停止になっている黒は治療対象にならない。


オレの勤務している病院では毎年、災害訓練が行われる。

被災者にふんした数十人の看護学生が搬入され、オレたちがそれをさばくのだ。

トリアージ、赤ゾーンへの搬入、広域搬送の手配、黄ゾーンでの治療……と終わりが見えない。

初めての訓練の時は2時間ほどで腰が抜けてしまった。


でも訓練をしておかないと実戦ではどうにもならない。


トリアージは医療従事者の間では当たり前すぎる事だ。

しかし、トリアージという行為が当時のテレビや週刊誌報道で散々非難された。


やり方が不明確だ、路上で放置されたから死んだ、トリアージに被害者が殺された等々。


実際、トリアージの判断ミスということはあり得る。

それを防ぐために、トリアージは複数回行うことが多い。

また、迷ったときに重症側に判断しがちなのは人情だ。

これをオーバートリアージという。


そして心肺停止の判断は慎重の上にも慎重に行う。


この辺りの機微を一般の人に説明するのは難しい。



また、各医療機関の受け入れ体制についても批判の対象となった。

もっと多くの患者を即座に受け入れることができたはずだ、というのがその主張だ。


それは無理だ、やってみれば分かる。

ある救命センター所属の医師は「ウチでは赤タグ2人が限度だろう」と語ったそうだ。

これはオレの感覚に近い。


オレは以前に三次救命センターに勤務していた事がある。

そこでは同時に受け入れる患者数は2人まで、と決められていた。

三次救命なので赤タグに相当する重症患者しか搬入されない。


ある夜、2人の重症患者を同時に治療中、救急隊から3人目の受け入れ要請があった。

当直中であった相方あいかたの救急医とオレはなぜか限界に挑戦してみたくなった。

明け方に近い魔の時間がオレたちの判断を狂わせたのかもしれない。


で、3人目を受け入れた結果、治療現場は大混乱になった。

当直が明けてからオレたち2人が所長からしこたま説教をらったのは言うまでもない。

下手したら3人とも死なせるところだったからだ。


「やっぱり重症3人はキャパを超えてしまう」とオレたちはきもに命じた。



秋葉原連続殺傷事件から14年。


災害医療に対してのマスコミや社会の理解が進んだことを期待したい。


その一方で、災害など有事の医療体制を改善することも必要だ。

そして、オレたち医療従事者の一人一人も精進を続けていかなくてはならない。



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