第143話 研修医を厳しく指導する女

ある時、非常勤の太刀川たちかわ先生に言われた。


「最近、総合診療科のカンファレンスが研修医にとってストレスになっているみたいですよ」


聞くところによると、鬼塚香織おにつかかおり先生の指導にビビッているそうだ。

鬼塚先生は開業医だが、ウチにも応援に来てくれている。

確かに厳しく見えるかもしれない。

だが、同席しているオレには彼女が言いたいことの半分も言っていないことがよく分かる。


それに比べて研修医たちの不甲斐ふがいなさにはガッカリだ。

本当に練習をしてから症例プレゼンテーションにのぞんでいるのか?

死ぬほど勉強したのか?


確かに医師の働き方改革で病院に滞在できるのは週40時間だけだ。

だからといって、家で遊んでいていいわけじゃない。


オレたちの研修医時代は病院に週80時間滞在した。

その間に仕事もしたし勉強もした。


今、週40時間しか病院に滞在できないなら家で残り40時間の勉強をしろ、結紮の練習をしろ、教科書を読め。

週80時間という数字は動かないのだから他に方法があるはずもない。


「今の若者には昭和の指導法は通じないですから」


そんな事を言われても知らんがな。


鬼塚先生は基本しか言っていない。

最低限必要な事がクリアできていないから口調がきつくなるんだ。


そもそも研修医たちは指導の対象にすらなっていない。

まだ門前で弟子入りをうている状態だ。


「研修医がカンファレンスのストレスを克服する方法は1つしかないですよ。必死で勉強し、必死でプレゼンの練習をやること以外にないと私は思いますけど」


オレは思わず鬼塚先生の肩を持ってしまう。


「それはそうかもしれませんが……」


太刀川先生はにがり切った表情で答える。


「確かに鬼塚先生は厳しく見えるかもしれません。でも、一生懸命そばについて子供の勉強をみている母親みたいなものじゃないですか!」


我ながら見事なたとえになってしまった。


太刀川先生の指導は研修医に人気があるそうだ。

でも、時々やって来ておもちゃを買ってくれる親戚の叔父さんのような存在じゃないかな。

母親の熱意には比べるべくもない。


ま、鬼塚先生にもそれとなくフィードバックしておくことにしよう。

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