第77話 自分でトイレに行ける女
電子カルテのメモ欄には「退院後、初回です」とあった。
ウチの病院を退院したのはだいぶ前じゃなかったかな?
調べてみると確かに数ヶ月前の退院だった。
転院先の病院でリハビリに励んでいたようだ。
本日、車椅子で脳神経外科の外来を受診したのは30歳台の女性だ。
若くして脳内出血になり、
左片麻痺というのは左の手足が動かない、いわゆる
右側の脳に出血が起こると反対側の左半身が動かなくなる。
幸い、左側にある
利き手側の半身不随に言語障害まで合併したら、まさしく「泣き
彼女の経過を簡単に述べる。
自宅で倒れて我々の病院に搬入されたのは数ヶ月前だ。
頭部CTでは右側に脳内出血を認めた。
何とか手術せずに
再出血を起こさないよう細心の管理を行いつつ、早期にリハビリを開始した。
とはいえ我々のような急性期病院で認められているリハビリの単位数は限られている。
だから病状が落ち着いた段階で
そこでの厳しい訓練ののちに、ついに彼女は自宅退院を果たしたというわけだ。
「リハビリ病院に入院した時と退院した時で、かなり違いはありましたか?」
数ヶ月ぶりに会ったオレは尋ねた。
「ええ、自分でトイレに行けるようになったことと着替えができるようになったことです」
彼女からは明確な答えが返ってきた。
自分のことが自分でできる。
それが人間としての基本にほかならない。
特にトイレや更衣は大切だ。
人に頼ることなくできる事を増やしていく。
その事によって徐々に自信をつけて欲しい。
次に彼女に期待することといえば、自分で歩くことかな。
その次は自分で入浴できるようになることだろうか。
どんな事でも最初は他人の助けを借りることが必要だ。
そして徐々に必要な助けが減っていき、最後は助けが要らなくなる。
たとえゆっくりであっても、自分のペースで自分の事ができるようになればOK。
彼女には小さな子供がいるから大変だと思う。
幸い近くに住む両親が健在で何かと助けてくれる。
御主人も非常に協力的な人だ。
なによりも本人の闘病意欲が素晴らしい。
自分の境遇を嘆いたりせず、前向きに生きている。
もっとも、子供が小さいので泣いている余裕すらないのかもしれない。
何とか少しずつでも元の生活を取り戻して欲しい。
心からそう願う。
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