第48話 健康保険証を出す女
世の中、皆が知っていそうで知らない話がいくつかある。
そのうちの1つが健康保険に関するものだ。
健康保険というのは不幸にも病気になった人を皆で協力して助けようというシステムだ。
いわゆる自助、共助、公助でいえば、広い意味での共助にあたる。
いくら気をつけていても病気になるときはなる。
それは誰のせいでもない。
そんな不幸な事が起こった時にはお互いに経済的援助をしようというのは理に適っている。
逆に言えば、「誰のせいでもない不幸」以外は共助の対象にならないのは当然だ。
たとえばAがBを殴って怪我をさせたとしよう。
この費用は誰が支払うのか?
まさか健康保険を使おうってのは無しだよな。
本来なら怪我をさせたAが治療費を支払うべきだ。
ま、この国の法律ではBが全額を自分で支払い、それをAに対して損害賠償請求する、という形になる。
いずれにせよ、「誰のせいでもない不幸」に備えて皆で貯めたお金を使うのはスジ違いってもんだ。
健康保険組合によっては喧嘩による怪我に対しても気前よく支払ってくれるところもあるが、あまりアテにしない方がいい。
じゃあ、自殺はどうなる。
これまた自分で自分を傷つけたのだから、治療費は自ら支払うべきだろう。
自殺を図るくらいだから不幸ではあるが、誰のせいでもない、とまでは言えない。
だから健康保険を使うのは間違っている。
現実には「
交通事故はどうだろうか?
Cの運転している車が歩いているDをはねて怪我させた、となればCが自分で支払うのは当然だ。
正確にはCが加入している損保会社が支払うことになる。
実はDの健康保険を使い、自己負担分だけCの損保会社が支払う、という場合が多いのが現実だ。
システム上、そういう事が許されている。
事故が起きた場合、皆が混乱している間にそのシステムを利用して損保会社がD相手に交渉するので、病院もCも預かり知らないうちに話がついてしまっている事がほとんどだ。
妊娠はどうかな。
これは病気でも不幸でもないので健康保険の対象外だ。
案外知られていないのが健診や人間ドックだ。
まだ病気ではない、あるいは病気が発覚していない段階なので健康保険の対象外だ。
しかし、このことを知らない患者が多い。
脳の病気の治療のために入院となったら、首から下も調べてくれ、とよく言われる。
具体的には体のどこかに癌がないか、全部調べて欲しい、と。
この段階では癌が疑われる症状がないので、健康保険を使うことはできない。
もし、癌が心配なら自費で人間ドックやPET健診を受診すべきだ。
何万円もするが、本来それだけの費用がかかるものだ。
健康保険を使ってタダに近い値段でやってくれ、というのは間違っている。
先日も外来でこのテの話をする羽目になった。
もうこれまでに100回くらいはしているんじゃないかな。
だから話していて
ニコニコしながら「それができないんですよ、すみません」と言えるようになったらオレも名医なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます