第3話 誰が為の生贄か⑦
「やっほ~。お届け物だよ」
ニカーっと笑うと、レーナさんは荷台を指差した。そこには、紐でグルグルと強引にまかれた、大きな木箱があった。
「なんですか、これ?」
「カレンに頼まれてた、例の物」
確かに、カレンさんは移動中にそんな電話をしていた。これが、頼んでいた品物らしい。それにしても、どうしてこんなタイミング何だろうか。
レーナさんは、慣れた手つきで紐を外していく。そして木箱を置くと、蓋を開けだした。
「じゃじゃ~ん。どう?」
箱から現れたのは、大きな銃だった。しかし、見慣れたようなライフル銃ではない。
「これって、ショットガン? あたし、使ったことないですよ!」
「大丈夫。今から簡単に使い方を教えるからね」
そんな軽い調子で、あたしはレーナさんからショットガンの使い方を教えてもらった。
勿論、その間にもカレンさんはスタッカートと戦闘中だった。門の向こう側から、時折物凄い音が聞こえる。
「かなり派手にやっているわね」
「レーナさんも手伝ってくれるんですか?」
すると、レーナさんは軽く首を横に振る。
「わたしの仕事は、あくまで情報屋だからね。こうやって、時々荷物も運ぶけど、基本は取引相手の揉め事には首を突っ込まない。長く商売をやるコツよ」
そう言うと、レーナさんはウィンクする。少し期待していたので、あたしはがっくりと肩を落とす。
「せめて、スタッカートの弱点とか教えてください!」
「それはわたしよりも、こっちの人の方が詳しいんじゃない?」
レーナさんは、聡子夫人を指差す。急に話を振られて、慌てたように夫人は言った。
「知らないわよ、そんな事! だいたい、わたしは儲かる話以外はしない主義ですの。研究内容になんて興味ありませんわ」
呆れた。こんな人に利用されたあたし達も、無様なものだ。
すると、再び門の向こう側で大きな音がした。中へ入ると、噴水がスタッカートの手によって破壊されている。その近くで、横たわるカレンさんの姿も見える。
「カレンさん、大丈夫ですか!」
意識はあるようで、手をひらひらと振っている。
あたしの大声に反応してか、スタッカートはこちらを見た。そして、あたしの後ろにいた夫人に気が付いたのだろう。目つきが鋭くなる。
「殺す、絶対に!」
重い足音と共に、スタッカートは一歩一歩こちらに近づいてくる。
「小町、ショットガンを使え!」
傷口を押さえながら、カレンさんは立ち上がった。あちこちを負傷している様子で、血が服に
あたしは、ショットガンを構える。
「嶋田さん、止まってください」
しかし、彼は足を止めない。それどころか、歩く速度を上げている。
「邪魔をするな、俺は復讐を果たす!」
「ダメです! 聡子夫人の罪も、あなたの罪も法の下で裁かれるべきなんです!」
「そんな言葉、信じられるかっ‼」
勢いよく足を踏み出し、彼は走り出した。怒りに囚われた瞳は、血を求める獣だった。それはもう、人ではない。連続殺人犯、スタッカートだ。
「早く撃ちなさい!」
後ろから、夫人の耳障りな声が飛んでくる。あたしは、小さなため息が出る。その間にも、スタッカートは確実に距離を詰めてくる。
「撃て、小町‼」
カレンさんの、凛とした声も聞こえる。
大きく息を吸い、照準を合わせる。きっと、この決断は間違いじゃない。これ以上、スタッカートに殺しはさせない。嶋田さんに、罪を犯させない。
きっと、あたしの理想の探偵だって、そう思うはずだ。
「邪魔だ小娘‼」
「うわぁぁぁぁああ‼」
引き金を引く。すると、拳銃とは比べ物にならない反動が体を襲う。勢いよく飛び出た散弾は、スタッカートの体をハチの巣にしようと迫る。
これだけ拡散すれば、いくらスタッカートと言えども防ぎきれないはずだ。
しかし、考えは甘かった。あたしは、スタッカートの跳躍力を忘れていた。拡散した弾を避けるために、スタッカートはジャンプしたのだ。
「しまった……!」
スタッカートの爪が迫る。人間は命の危機の際、時間をスローモーションに感じるという。今、まさにあたしもそれだった。ゆっくりと、スタッカートの凶器が向かってくる。
その奥で、何か黒い影が飛んだ。影は勢いよく飛び上がると、なんとスタッカートの上を取った。
「次は、いい夢見ろよ」
その影は、カレンさんだった。二丁拳銃をスタッカートの背中に向けて、連続で撃ち込んだ。
舞い上がる血しぶきと、スタッカートの命の炎が消える瞬間さえ、スローモーションに見える。
スタッカートは、苦しむ表情をすることなく、息絶えた。地面に激しく体を打ちつけ、血の水溜まりを作る。
それとは反対に、カレンさんは綺麗に着地を決めた。
「やったわ‼」
耳をつんざくような夫人の高い声が、屋敷中に響いた。
「死んだ、死んだわ! これでわたしは助かったのね!」
スキップでもするように、軽やかな足取りで夫人はスタッカートに近づいて行く。動かなくなったスタッカートを見下ろし、高笑いを始めた。
「化け物は死んだ! わたしは生きている! ざまぁないわね、実験体の分際でわたし達にたてついた罰ですのよ! オーッホッホッホッホ!」
あたしは、何も言葉にできなかった。ただキンキンと響く声を聞き、自問自答を繰り返すだけだ。
カレンさんは、何も言わずあたしの肩を抱いてくれた。
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