第3話 誰が為の生贄か⑥
館の崩れた壁の向こうに、カレンさんは立っていた。額や肩からは、血が垂れている。体中汚れに塗れていた。
「小町、やるからには勝てよ?」
余裕そうな口ぶりで言ってくるが、表情は少し苦しそうだ。きっと、身体が痛いのに無理をしているんだろう。
「私達の仕事は、きっちり結果を出さないといけない。実績がなければ、信用されないし、任せられないからね」
カレンさんは、拳銃から空薬莢を取り出し、弾を詰め替えていた。
「探偵……貴様ァ‼」
スタッカートが立ち上がり、カレンさん目掛けて走り出した。足を撃ち抜かれたのに、猛スピードで走っている。
「依頼人が命を落とすなんて、論外すぎる」
リロードを終えると、カレンさんはもう片方の拳銃も取り出した。二丁の銃口が、狙いをスタッカートに定める。
「小町、思い出せ。君の理想の探偵はどんなだった?」
あたしは、ハッとした。また、見失っていた。もう一度、頭の中にあたしの理想像を思い描く。
「そうだ、あたしは――」
銃声が鳴る。勢いよく向かってくるスタッカートに向けて、カレンさんが拳銃を放ったのだ。しかし、弾はまたしても防がれる。すでに、スタッカートはこの攻撃を見切っていた。
「くたばれ、探偵!」
スタッカートの爪が、カレンさんに向かって振り下ろされる。しかし、攻撃は空を切る。ギリギリでカレンさんが避けたのだ。
攻撃で隙のできた横腹に、カレンさんは蹴りを入れる。しかし、身体が強化されているスタッカートには効果はイマイチらしい。怯むことなく、カレンさんを睨んでいる。
振り下ろされていた手を、スタッカートは虫でも払うように横に振る。丸太のような腕が、カレンさんに命中する。これだけの動きでも、カレンさんの体が一瞬宙に浮く。
「あっ、カレンさん!」
苦しそうに歯を食いしばりながら、カレンさんは一歩二歩と距離を取る。
「しぶとい奴だな!」
スタッカートが、次の攻撃をしようと振りかぶる。対するカレンさんは、足元もおぼつかない様子だ。蓄積されたダメージが来ているらしい。このままではスタッカートの爪が、カレンさんの体を貫く。
そんな光景は見たくない。あたしの理想の探偵は、犠牲者を増やさないための手は惜しまない。だからあたしも、できる全力を尽くす。
「やめてください!」
拳銃を構える。狙いを定めて、引き金を引いた。大きな破裂音と共に、銃弾は真っすぐ飛ぶ。狙い通り、スタッカートの肩に命中した。
「なにっ⁉」
予想外の攻撃に、腕の軌道がズレる。スタッカートの攻撃は、空振りになった。
「ナイスだ小町!」
すかさず、カレンさんはスタッカートに弾を打ち込む。この至近距離の射撃は、さすがに防ぐことができなかったらしい。銃弾は次々と命中する。
「くそがっ!」
だが、決定的な攻撃にはならなかった。スタッカートは、パンチを繰り出す。今の状態のカレンさんが避けられるはずもなく、攻撃を受けてしまう。
殴られた反動で、カレンさんは後方の低木へと飛ばされた。葉がクッションになり、酷い傷にはならなかったようだ。しかし、カレンさんの表情は苦しそうに歪んでいる。
「俺の邪魔をするなぁ!」
今度は、あたしに向かってスタッカートは走り出した。
血走った目、口からは
「やめてください嶋田さん!」
言葉は届いていない。きっと、彼の頭にあるのは復讐という二文字だけなんだ。
あたしも覚悟を決める。拳銃の狙いを、額に向ける。そして、引き金を引く。銃弾は狙った通りのコースを進んだ。
しかし、着弾はしない。鋭い爪で弾かれた。でも、手は止めない。何度も何度も撃つ。それでも、弾は何度も防がれる。
「どけぇぇぇええ!」
スタッカートの巨体が、あたしの体を跳ね飛ばす。まるで、車にでも
宙を舞い、あたしの体は地面を跳ねる。勢いは止まることなく、身体は転がり続けた。そして、何かにぶつかってようやく止まった。それは、門だった。
強い衝撃を立て続けに受けて、
「大丈夫ですか⁉」
気が付くとロバートソンさんが、あたしの体を起こしてくれた。
「あ……ありがとうございます」
急いでスタッカートを探す。すると、庭園のほうでカレンさんと戦っていた。石造りの噴水や、低木、ガーデンテーブルなどを利用し、上手いこと立ち回っている。
「早く、早くあの化け物を始末して頂戴!」
金切り声に耳が痛くなる。ロバートソンさんの近くに、聡子夫人は立っていた。それを見て、あたしはチャンスだと思った。
「スタッカートはカレンさんに夢中です。今のうちに、外へ逃げましょう」
「はい、今門を開けます」
頭を押さえながら、柱を頼りに立ち上がる。まだ、頭がフラフラするが立てない訳じゃなさそうだ。このまま二人を逃がして、カレンさんの助けに入りたい。
ロバートソンさんのスイッチ操作で、門がゆっくりと開いていく。
「よし、これで外に……」
すると、開いた門の向こう。ずっと先の道に、何か光が見える。それは徐々に大きくなってきている。
光の大きさに合わせ、エンジン音も聞こえ始めた。眩いライト、大きなエンジン音。どうやら、向かってくるのはバイクらしい。進行方向からして、こちらに向かって来ている。
バイクはそのまま門前まで来ると、派手にドリフトして止まった。
「お待たせ~」
青いフルフェイスのヘルメットから、可愛らしい声が聞こえる。黒いライダースーツと、青と白のスポーツバイクとはミスマッチな声だった。
「えっと、あなたは……?」
「酷いなぁ、助手ちゃん」
ヘルメットを脱ぐと、見慣れた顔が
「レーナさん⁉」
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