第24話 覚醒

 焼けるような足の痛みで、目が覚めた。どうやら、魔物の攻撃で気絶していたらしい。

 激痛の原因である足へ目を移すと、膝から下が無かった。

「足…俺の足が…!」

 ポーションホルダーに手を伸ばし、回復薬ポーションを足に振り掛けた。

 シュウウゥゥゥ〜

 火を消すかのように、焼けただれた足に回復薬ポーションが滲みる。少しだけ痛みは和らいだが、当然の如く、失われた足はそのままだった。


 信吾たちは?と思って、顔をあげると、信吾と目が合ったような気がする。彼の口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 だが、次の瞬間、俺達は絶望に襲われた。

 ボススライムが再び、あの攻撃を仕掛けるような動きを見せたのだ。

 信吾も明らかに焦っているようで、

「くっ…撤退だ!撤退する!転移結晶を使うぞ!」

 彼は転移結晶を取り出し、キーワードを唱えた。

「転移」


 その瞬間、4人の姿は部屋の中から消えていた。


「え?」

 俺は混乱していた。

 幸いなことに、ボススライムは攻撃対象を見失ったことで、捻じって伸ばしていた体躯からだを元に戻していた。


 転移結晶のことは、両親からも聞いているので知っている。

 使用者を中心とした、範囲に作用するもので、ダンジョン内生物以外のものをギルドへと直接転移させるものだ。主にダンジョンでの緊急離脱用として使われる。

「俺は範囲外にいたのか…」

 そう思ったときに、信吾の笑みが脳裏に浮かんだ。

 あれは、俺の無事を確認して喜んでるという感じではなかった。

「分かっていて置いていかれた…ってことかよ」


 ボススライムは弱い俺のことになど興味がないかのように、部屋の奥へと這いずりながら移動していった。

 取り巻きの雑魚スライムもそれに着いていく。


 俺は無くなった足を引き摺りながら両腕で床を這って、壁際まで移動した。

 壁に寄り掛かり、残っていた回復薬ポーションを飲んだ。


「いつまでもこうしているわけにはいかない…」

 スライム達の気が変わって、いつ襲いかかってくるかもしれないのだ。

 それに、結局のところ、あのスライムを倒さない限りは、ここから出る術がない。


 倒す?

 はっ…何を言ってるんだ、俺は…Bランク冒険者パーティーでも歯が立たなかった魔物だぞ…LV2の召喚士の俺に何ができるって言うんだ…


「俺は、ここで死ぬのかな」

 この部屋で死んだ者はスライムに食われて、全てを溶かされ、遺体どころか、装飾品すら残らない。

 すでに犠牲者も出ているそうだ。

 あの時の、「もうすぐCランクなんだ」と言っていた若者の顔がよぎる。

 彼も、今の俺のように道半ばで力尽きたのだろう…


 悔しいなぁ…

 もし、神がいるのなら、なんで俺を召喚士なんかにしたんだろう…


 自分の情けなさ、職を授けてくれた神への恨み、そして、目が覚めたことを殊の外喜んでくれた両親と妹に対して、先に逝くことへの謝罪…召喚士の俺に対しても差別するでもなく接してくれた賢者の秘薬エリキシルのみんなに対する申し訳無さ…

「咲希…」

 泣かせてしまうだろうか…

 俺のために冒険者になったという話を聞いて、嬉しさと申し訳無さが心の中に同居した。


 あの笑顔を泣き顔にはしたくないな。

「そうだな…こんなところで諦めてたまるか!」

 父さんも言っていた。

「どんな窮地に陥っても、諦めるな!最後まで足掻け。冒険者は諦めたやつから死んでいくんだ」

 って。


 今の俺に残された手札は、

 見えないスキル、魂の絆(封印中)と契約中1/1という謎の魔物だ。

 ダメだ…そもそも効果の分からないスキルと、正体も分からない契約魔物だ…どうすれば…


 せめてもの、ささやかな抵抗として、やつの名前だけでもと思って、俺は魔物鑑定スキルを発動した。


【種族】アルティメットスライム


 レベル差がありすぎるからか、わかったのはボススライムの種族名だけ。

「アルティメットスライム…?」


 なんだ…?懐かしさ?いや…これは苛立ちか…?

 俺はアルティメットスライムという魔物を知っている?

「痛っ…」

 また、謎の頭痛が襲ってきた。


 魔物鑑定を受けたことで、ボススライム…いや、アルティメットスライムが俺を敵だと認識した。

 巨体を蠢かせ、こちらにじわりじわりと近寄ってくる。


 俺は酷くなる頭痛に耐えきれず、その場で頭を抱えてうずくまってしまう。

「に、逃げないといけないのに…」

 迫りくる死に恐怖を覚え、焦る。

「痛っつー…な、何なんだよ、この頭痛は…俺は一体何を忘れちまってるんだ…」

(なんだ?何を言っている…忘れている?…何を?)

 無意識に口から溢れた言葉に疑問を抱く。

(この頭痛の原因を俺は知っている?)


 アルティメットスライム…懐かしさ…苛立ち…何かを忘れているという感覚…封印…謎の頭痛…


 まるで、先の見えない霧の中に迷い込んでしまったかのような感覚だ。

 だが、もう少しで何がが俺の中で繋がろうとしている…


 そんな時だった、頭の中に声が聞こえたのは。


「…ま」


「……さ…ま」


「ま……うさ…ま」


「魔王様!」

 魔王?誰だそれは?

「誰だ!?」

「よかった!やっと繋がったよ〜」

 どこからともなく頭に響いてきたのは少女のような幼い声だった。

 繋がった。少女は確かにそう言った。

 その瞬間、頭の中に立ち込めていた濃い霧が晴れる。

 そして、俺の目の前には、白いワンピースを着た、青い髪の小柄な少女が立っていて…


 あぁ…俺はこの子を知っている。

 何で、今まで忘れていたんだろう…

 俺にとっては大切な仲間であり、家族でもあるこの子を。

「魔王様ぁ〜」

「ははっ。久しぶりだなぁ。アルス」

 アルスが俺に抱きついてきた。

「よしよし。アルスは甘えん坊だなぁ」

 久しぶりにあったアルスの頭を撫でる。

「うん!また会えてボク嬉しい!」

 満面の笑みを浮かべた少女が眼の前にいる。

「ずっと呼びかけてたんだけど、なかなか魔王様は気づいてくれなくて…ボク達のこと忘れちゃったのかな?って…」

「バカだなぁ。俺がお前たちのことを忘れるわけがないだろう」

 神の封印のせいとはいえ、寂しい思いをさせてしまったかな?

「ちょっとド忘れしてただけだ」

「むぅ…忘れてたんじゃないか!」

「ごめんごめん笑」

「後で、いーっぱい、撫でて貰うんだからねっ」

「わかったわかった」

 俺は久しぶりに会えた、アルスとの会話が楽しくて、今の自分の状況を忘れていた。


 しばらくして、思い出す。

 あぁ、そうだ…こんなことをしている場合じゃないんだった。


 俺の深層意識領域で起こっていたことは、現実の時間の流れとはかけ離れていた。

 現実の俺は今、まさに、アルティメットスライムに殺されようとしているのだ。

 意識を現実に戻し、アルティメットスライムへと視線を向け、独り言のように言葉を繰り出す。


「苛立ちの正体がわかったよ」

「お前が、アルティメットスライムだって?」

「違うな。アルティメットスライムってのは、お前みたいなドブ川の水のような色じゃない」

「深海のような深みのある青に、星々を散りばめたような、綺麗な色をしているんだ」

「今、本物を見せてやるよ」


「召喚…アルス・グラトニア!」

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