1.4.王都キュリアルへ!
透き通るような空気が一変して、なんだか少しじとっとしたような空気が辺りを漂っている。
その張り付くような暑さ……というよりはじめじめした暑さが少し嫌になるが、これからはこの暑さに慣れていかなければならない。
そう考えると、以前住んでいたイタール村の空気がどれほど良い物だったかということが身に染みて分かるようになる。
イタール村では夏は非常に涼しく、風通しが良い。
加えて自然に一切の手が付けられていないので、空気が美味しいのだ。
だがここはどうだろう。
建物が隙間なく並び、奥に行けば行くほど大きな建物が「どうだ、凄いだろう」と言わんばかりに自分を主張しているように見える。
街は人でごった返しており、そこに居るだけでも酔ってしまいそうだった。
一ヶ月の道のりを超えてきたテール一行は既にへとへとだ。
早く水を浴びて柔らかいベッドで寝たい気持ちを抑え、王都に来てまず行かなければならない所に向かう。
王都ギルド。
ここに、テール宛てに届いた書類を渡して本人確認を済ませなければならないのだ。
そして宿が当てがわれ、今度は職場へと案内される。
テールに当てがわれた職業はもちろん研ぎ師。
一方、メルには冒険者だった。
とはいってもメルは様々なスキルを所持していたため、他にもなれる職業はあった。
メルの両親は安全な職業に就きなさいと説得していたが、やはり冒険がしたいという本人の強い希望によって親が根負けしてしまったらしい。
だがリバスもメルのスキルは知っており、これらをすべて使いこなせればリバス以上の冒険者になると言っていた。
もちろんそれは簡単な道のりではないが、メルは非常にやる気だったので、それ以上リバスは何も言わなかったようだ。
そんなこんなで王都ギルドに到着した二人はリバス同伴の元、ギルドマスターのナルファムに会うためにギルドの中に通されていた。
「すごい……」
そこは王宮とはまた違うが、大層な作りの建造物であった。
豪華とまではいかずとも大きな柱や、つやつやした高級そうな机、カウンターなどが綺麗に並んでおり、その格式の高さを表している。
建物ではなく、置かれている机や椅子などで高級感を出そうとしているのがありありと伝わってくるような作りだ。
テールとメルは、ここまで豪勢な物を見たことがなかったので、しばらく立ちすくんでその部屋に魅入ってしまっていた。
「ようこそ! 王都キュリアスギルドへ!」
明らかに周囲の人々と違う格好をしていたテールたちは非常に浮いていたため、ここに来るのが初めてだということを見極められたようだ。
向こうから声を掛けてくれた。
その人物は赤と黒色の豪華そうな服を着ており、その長い茶色の髪は非常に美しく、優しそうな笑顔をこちらに向けている。
ほっそりとしているが豊満な女性だ。
優しそうな人だなとテールとメルは感じたのだが、リバスだけは顔を真っ青にして冷や汗を流していた。
「……な……ナルファムギルドマスター……?」
「あら? 私を知っているのね。ところで、君たちがテール君とメルちゃん?」
「はい」
「そうです」
「あらー! 待ってたわー! ささ、まずは本人確認を済ませましょう! それから私の仕事部屋でちょっとお話ししましょうね!」
ナルファムはとても嬉しそうにして話を進めている。
何も分からないテールたちにとっては有難いことなのだが、リバスとしてはどうしてギルドマスターが直々に出迎えてくれるのかよく分からなかった。
とはいえそんなことはあまり気にはしなかったので、ホイホイとナルファムについて行くことにする。
「あ、後は私がやるから、保護者の方はここで待っててね」
「え、あ、分かりました」
「よし、じゃあテール君、メルちゃん、まずはあのカウンターに行って、持ってきている書類を出して。そうすればすぐに本人確認は終わるからね」
ナルファムの言うとおりに指定されたカウンターへ行き、手紙と同封されていた書類を出すと、受付の人はそれを見てすぐに印鑑を押して書類を返してくれた。
「それは絶対に無くさないようにしてくださいね。無くした場合は再発行に金貨一枚がかかりますので」
金貨一枚という大金に一瞬怯んだが、書類を無くさなければいいということなので、受け渡された書類を大事そうに懐にしまった。
金貨一枚といえば、テールたちのいた村でそれだけあれば一年は余裕で暮らしていける大金なのだ。
「……メル、絶対に無くしちゃ駄目だよ」
「……うん……」
「ふふふ、田舎者の反応はいつ見ても面白いね。さ、仕事部屋に行きましょう。これから貴方たちの住む場所や職場を説明するわ」
ナルファムは面白そうに笑いながら、二人の手を取ってゆっくりと歩いて行った。
二人はその後をとてとてとついて行き、案内された部屋に入る。
ナルファムは手を放して高級そうな黒いソファに座るように二人に指示して、用意されていたティーカップをソファの前にある机の上に置いた。
二人と向かい合うようにナルファムは座り、三人分のカップに紅茶を入れていく。
「長旅お疲れ様。まずはここでゆっくりしていってね」
そうして紅茶をすっと差し出す。
二人はそれを受け取って少し冷まして口に含んだのだが、それが非常に不味い。
まだ子供の舌には合わない代物の様で、一口飲んだだけでもう飲みたくないような味だった。
「うへぇ……不味い……」
「うん……美味しくない……」
「はははは! 子供って素直ね! 大人たちだったら渋い顔隠しながら美味しいって言うのに!」
何がおかしいのかあまり理解できなかったが……なんとなく遊ばれているようで少しだけむっときた。
笑いが収まったナルファムは、目に浮かべた涙を拭いながらようやく本題に入り始める。
「ふふっ、ごねんなさいね。まずはこれからのことについて話をさせていただくわ」
「お願いします。あと、これ不味いのでいりません」
「私も」
「フッ……クククッ……はい、分かったわ」
なんとか笑いを堪えながら、ナルファムはカップを片付けた。
二人は口直しが欲しかったが、そこまでしていただくのは忍びなかったのでそのままでナルファムの説明を聞く。
「まずテール君。君は研ぎ師職人になって貰います。住み込みになるので宿代や食事は気にしなくていいわ。後で職場を見学しに行きましょう」
「分かりました」
「次にメルちゃん。貴方は冒険者になるんだったわね。そういうことなら専用の宿があるわ。そこでお世話になりなさい。だけど住むためだけの宿だから、食事とかはでない。それは自分で何とかするように」
「はい」
「あら? 驚かないのね」
「リバスさんが冒険者になるんだったら自分ですべてできるようになった方がいいって教えてくれたので、家事全般はもうできます」
確かにメルはリバスの話を聞いてから積極的に家の仕事を手伝う様になった。
これはテールも知っている。
リバスは狩りなどは得意だが料理などはからっきし駄目で、冒険者をしていた時は仲間にずいぶん助けられたと言っていた。
なので家事全般はできるようになった方が良いと、テールも色々と手伝わされていたのだ。
「へー、関心ね。それならすぐにでもパーティーへの勧誘は来るでしょうね」
「……」
メルは何故か微妙な表情をしてこちらを見たが、すぐに小さくため息をついて首を振った。
「二人とも明日からお仕事開始よ。メルちゃんには私がついてあげるから心配しないで。テール君は親方が付くと思うわ」
「こ、怖そう……」
「あ、大丈夫よ。何かあったら私がしばくから」
そのように言うナルファムの表情はなんだか恐ろしく感じたが、すぐにそのなりを潜めて笑顔になる。
表情の切り替えが激しい人だなとテールは思ったが、それはリバスも同じだなと思ってその場をスルーした。
「ま、職場見学や貴方たちが住む場所の見学は後よ。そんなことよりお話をしましょう!」
「「お話?」」
テールとメルは二人揃って首を傾げる。
まさかギルドマスターが、このような事を申し出るなど思ってもみなかったのだ。
「そう、お話。まずテール君。君は一つしかスキルを持っていないらしいわね。本当なの?」
「本当です。神様とお話しして直接貰いました」
「神様? え、どういうことかしら?」
「神託を受けた時、スキルの神ナイラ様に会ったんです」
「わぁ……すごいわね……。多分それ初めての出来事よ」
やはりこの事は非常に珍しい……というよりは異例であるらしい。
テールはあまり異例であるという事実を完全に飲み込めてはいなかったが、教会にいた神父やリバス、それにギルドマスターのナルファムでさえそう言うのだ。
異例であることに間違いはないのだろう。
「でもテール君。その事、あまり人に言いふらさない方がいいわよ」
「どうしてですか?」
「神様に会った人なんて今まで居ないからよ。もし会ったということを言いふらせば絶対に教会や信者に狙われるわ。そのせいでやりたいことができなくなるのは嫌でしょう?」
「冒険者にもなれなくなりますか?」
「狙われて捕まったら、絶対に軟禁されるわね」
「ぼ、僕絶対に言いません!」
神に会った、というだけでその人物は神に会うことのできる力を有するとして、教会や信者にとっては非常に重要な人物となる。
そうなってしまえば、どんな手を使ってでもその人物を教会側に引き入れようとするのは目に見えているのだ。
テールはそんなことで軟禁されるのも嫌だし、冒険者になれないというのであれば、その事は絶対に口にしてはならないと理解した。
だが、この事を知っている人は結構居る。
リバスをはじめ、村の人は全員知っているし、あの教会の神父もその事を知ってしまっているはずだ。
その事をナルファムに話をすると、少し難しい顔をして考え始めてしまった。
「……君たちの村にいる人たちの発言であれば問題ないのだし、口外しないようにしてくれと文を届けることもできるのだけど……そう……神父にもバレてしまっているのね」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫よ。貴方が私の管理下にいる間は絶対に守り抜いてみせるわ。とりあえずその神父にも文は出す……のは不味いかしらね」
「?」
テールは何故文を届けたら駄目なのか理解できなかったが、ナルファムは届けた方が不味い展開になると確信していた。
まだ今の段階では聞いただけ、という状態なので信憑性は低い。
しかし、手紙で正式にテールの事を説明したのであればそれは確信に変わるので、テールが狙われる可能性がぐんと上がってしまう。
なのでテールの事は教会に知らせない方が良いのだ。
もし文が教会の手に渡ってしまった場合も面倒なことになるので、イタール村へは信頼できる人物を向かわせて、テールに関することを言わないようにしてくれと伝えることにする。
これで少しはましになるはずだ。
「ま、その辺のことは私がやっておくわ」
「ありがとうございます」
「さ! お話の続きよ!」
それから三人は二時間ほどここで会話をした。
内容はほとんどテールとメルがイタール村にいたときの話ではあったが、ナルファムはそれを非常に面白そうにして耳を傾けてくれたいた。
それから三人は今度こそ職場見学にいくのだが、外で待っていたリバスはその間ずっと椅子に座っていたのは言うまでもない。
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