1.3.そびえたつ書類の山から


 王都にあるギルドに、とある教会から神託を授かった子供の詳細の書かれた書類が届いていた。

 今年もその人数は多いようで、山のようにそびえ立っている書類の束を見たギルドマスターは大きくため息をつく。

 やってもやっても終わりそうにないこの書類を見れば、ため息の一つや二つ零れてしまうものである。

 とはいっても手を付けなければなくなるはずもなく、鉛のように重くなった腕を動かしてまた一枚、また一枚と書類を見ては印鑑を押していく。


 この作業の面倒臭いところは一人一人のスキルを確認し、その子に適正のある職業の中から、人手を必要としている職業の名前を自筆で書き記していかなければならないところだ。

 しかし、スキルによってはなれる職業も変わってくるため、その場合は人手云々に関わらず、適正職業の名前を書き記していく。


 書き終えれば印鑑を押し、それを子供たちが住んでいる場所に分けて仕分けていく。


「……はああああ……」


 スキルが書かれているお陰で大方の職業は絞り込めるもののの、はやりこの作業は非常に骨が折れる。

 自分が子供たちの将来を決めてしまうような気がするため、少しばかり心苦しくはあったが、今までそれで何か問題があったような事はない……といえば嘘になるが、解決できないような問題が起きたことはない。


 だがそのプレッシャーを抱えながら、気の遠くなる作業を続けていれば疲労する。

 なにせこの作業は一年中続くのだ。

 毎月数百人の子供が十二歳の誕生日を迎え、教会に行きスキルを授かる。

 そうなれば一年中書類がギルドに届けられるため、この書類は減る気配を一切見せないのだ。


「なんで全部私の所にくるのよ……。役所に行きなさいよ役所に! 頭使いたくないわー……」


 そう愚痴をこぼすギルドマスター、ナルファム・ドレイクに反応を返してくれる人物はここには居らず、虚しくなるだけだった。

 それに少し寂しさを覚えたナルファムは、すっと静かにイスに座ってまた一枚、また一枚と書類を手にとって作業を続けた。


 すると、一つ妙な書類が紛れていた事に気が付く。

 何故そう思ったのかは分からなかったが、一枚だけ書類の山から飛び出していたのだ。

 普段であればそんなことは無視して作業を続けるのだが、疲れ切っているナルファムは少しでも気分が変わるような物を求めていたため、些細なことだけでも気になってしまったのだ。

 その書類を慎重に引っ張りって抜き取ったナルファムは、満足そうにしてその書類を見てみた。


「……は?」


 そこにはスキルが一つだけしか書かれていなかった。

 おかしいと思い、光にかざしてみたり薄ーく炙ったりしてみたが、一向に他の文字が浮かび出てくる気配はない。


 ナルファムはそんなことがあるのかと、驚いている反面、この少年に興味を引かれていた。

 このような事例は聞いたことがない。

 少しギルドマスター権限を使って、この王都でこの子の職場を探してみようと決めると、俄然やる気がではじめた。


 しかし、自分の都合だけでこの子をこっちに連れてくるのは少し可哀想だ。

 少なからず近くで育っている子供が居るはずなので、その子も一緒に王都に来させれば、寂しくはなくなるだろう。


「えーと……イタール村? これまたずいぶんと遠くねぇ……。えーと、テール君とメルちゃんね。うっわなにこの子の豊富なスキル。絶対ギルドに引き込んでしまおう。よし、この組み合わせでいいでしょ!」


 少し先になるが、楽しみが少しばかりできたので気が楽になった気がした。

 すぐにテールとメルの書類に職業を書き記していき、イタール村にその書類を送り手続きをすぐさま片付ける。


 これで三ヶ月以内にはこの王都に来るはずだと予想するが、それまでにこの書類の束を片付けなければテールと会うことすら難しいだろう。

 こんなことなら普段からもっと真面目に仕事をしておくのだったと後悔したが、久々に本気を出してみようと腕まくりをしてその書類の山に食ってかかった。


 ナルファムはその子と接触出来る機会を意地でも作ろうと、山積みになっている数ヵ月分の仕事をわずか数日で終わらせたのだが、その事がバレるとすぐさま違う仕事が入ってきたのに激怒したのは言うまでもない話だった。



 ◆



 家に帰ってきたテールとメルは、二人でまだかまだかと書類が届くのを心待ちにしていた。

 テールがなれる職業は決まっているが、何処に配属されるかは分からない。

 今後届く書類の中に書いているというので、それがまた楽しみを増やした。

 遠くの街に憧れる二人はどんな物があり、食べ物があり、どんな魔物や動物が居るのだろうと妄想を膨らませ続けていた。


「おっきな教会があってー、おっきなお城があるでしょー?」

「家とか人も一杯居そうだよね。あ、でも近くに森はないのかな……」

「王都だもん! 少し遠くに行かないとないかもねー」

「そっか。んー、山歩きができなくなるのはいやだなぁ……」

「リバスさんに今度聞いとかないとね!」

「だねー」


 リバスは他の人より外の世界をよく知っている筈なので、暇そうにしているリバスを見つけては日が暮れるまで街や王都の事について聞き続けるのだが、最近はリバスは仕事ができないといって二人から距離を取りはじめている。

 その表情は、以前テールたちに向けていたニヤニヤしたような表情ではなく、本当に勘弁してくれといった迷惑そうな表情に変わっていたのが印象的だった。


 神託を受けた日から、テールとメルはリバスに街や冒険の事などを積極的に聞いてくるようになったのだ。

 リバスとしては興味を持ってくれる事が嬉しかったのだが、今では興味……と言うより専門的な知識を求められるようになってきたため、答えづらい内容が多くあった。


 メルはギルドの内政などリバスに聞くがそんなことは知らないし、テールは研ぎのことを聞くがそれもほとんど知らない。

 最後には実際に行って自分の目で確かめろと投げやりになったのだが……それでもまだまだ聞いてくる。

 実の所、二人の対応にリバスは疲れていたのだ。


 研ぎ師スキルしかないと聞いたリバスはどうしたもんかと考えたが、テールはそれをまったく気にせずに研ぎ師の道を歩もうとしている。

 だが神様から直接授かったスキルなので無下にすることなどできるはずもなく、そのままになってしまっているわけだがリバスは不安を感じていた。


 リバスはまず研ぎ師職人との面識がなかった。

 なので一体どういう扱いを受けているのかさっぱり分からなかったのだ。

 自分が知らない職に就くというのは不安でしかない。


 そんな時、王都からついに手紙が届いたのだ。

 宛名はもちろん……テール・テコルテッド。


 リバスはすぐに二人を探し出して、手紙が届いたと報告しにいった。

 テールは早く中身を見たいようだったが、メルに止められて一緒に開ける事になったようだ。

 メルはすぐに家に帰って、同様に届けられていた手紙を持ってテールたちと合流した。


 手紙にはギルドの印が押されており、これが本当にギルドから届いた物だという事を教えてくれる。

 中に入っている紙を慎重に取り出してみると、三つに折られていた様なのでそれも慎重に二人でゆっくりと開けていく。

 そこにはこのようなことが書かれてあった。


『十二歳の誕生日おめでとうございます』

『貴方のスキルを最大限に活かせる職場をお伝えします。テール殿のスキルは研ぎ師。ですので、研ぎ師職人の工房へと派遣されることが決定いたしました。場所は王都ですので、長い旅になるかもしれませんが、どうかご足労賜りますようお願い申し上げます』

『王都ギルドマスター ナルファム・ドレイク』


 王都という文字を見て鳥肌が立つ。

 それはメルも同じようで、中身を見て大はしゃぎしている。


「王都に行くことになった!」

「本当に!? 私も! やったー! 王都だー!」

「やったー!!」


 二人は両の手を大きく天に向けて伸ばし、その喜びを分かち合っていた。

 今まで街に出ようとしてこなかった二人は、王都への憧れがとても強くなっていたため、王都に行けることが非常に嬉しかったのだ。


 リバスはその様子を見て、今更行くのを止めろと言えるはずもなく、息子の後ろ姿を静かに見守っていたのだった。

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