推し☆一番!

天宮さくら

推し☆一番!

「それじゃあいくよーっ! 銀河で一番!」

「「「プラネット☆スター!!!」」」

 観客のかけ声でミュージック☆スタート! 何度も繰り返し聞いた前奏が大音量で流れるから、私のテンションは銀河一になる。

 とにかく夢中でペンライトを振る。振りながら全力で体を揺らし、彼らのデビュー曲「キラ☆キラなスペースで」に没頭する。

 舞台の中心では私の推しアイドルグループ『プラネット☆スター』が踊り、歌っている。その輝きに会場にいるファン全員、一発で悩殺☆プラネットだ。誰もが彼らをあがたてまつる気持ちで応援している。

 ちなみに「悩殺☆プラネット」とは「没頭しまくっている」という意味である。

『プラネット☆スター』のメンバーは五人。全員男性だ。それぞれの名前はヘシオドス、カオス、ウラノス、クロノス、ゼウス。リーダーはゼウスで、寡黙なのがヘシオドス。ちょっとパンチの効いた子がカオスで、神経質でも可愛いのがウラノス。そして物静かで穏やかな子がクロノスだ。

 彼らの歌声はアイドルグループというだけあって、それほど上手ではない。むしろ下手な方かもしれない。激しく体を動かすことで音程はズレてしまうし、滑舌が悪くて何を歌っているのか聴きとれないこともある。

 それでも、彼らは私たちファンにとっては燦然さんぜんと輝くアイドルだ!

「ゼーウースー! 素敵ぃー!」

 私は精一杯の音量で叫び、声援を送る。きっとこの騒ぎだ、私の声なんて届いていないに違いない。そう諦めていた。

 けれど。

「今、一瞬、目が合った! 目が合ったよぉー! ゼウスありがとー!!」

 彼が舞台を見回したその視線の先に、私はいた。そして私を見て微笑んでくれた。それをハートでビンビン☆感じたのだ!

「ありがとー! ありがとね、ゼウスぅー!!!」

 私は思いっきりペンライトを振り、飛び跳ねた。



「ああ、今日もプラネット☆スターは宇宙一……」

 うっとりとしながら呟くと、同級生の奈々が真剣な表情で頷いた。

「ノノの気持ち、わかるわー。この間の武道館ライブ、マジ☆スペースだったもん」

 そう言ってライブ会場で購入したパンフレットをめくる。

 私と奈々は女子高生。今は昼休憩中だ。教室で二人向かい合ってお昼を食べ、その後の休憩時間にプラネット☆スターの輝きについて話し合っている。

 先日武道館で行われたプラネット☆スターの全国ツアーライブに、私は奈々と一緒に参加した。今日はその思い出話をしている。

 ちなみに「マジ☆スペース」というのは「心臓が飛び出るくらい激しい感動」という意味である。

 プラネット☆スターはファンがとても多い。だからファン同士で使う独自の言葉(スペース☆ワード)が多数あるのだ。 

 ちなみにだが、私は奈々にノノと呼ばれている。が、正式名称は野々ののむらよう。奈々が「庸子って呼ぶよりも、ノノって呼びたいからそう呼ぶわ」と言い、それが私のあだ名となった。

「ほらさ、私の星・クロノスの笑みと歌声がさ、忘れられないのよ。夜になると思い出されて最近寝不足だわ」

 奈々の言葉に私は真面目に頷く。だって私も同じ気持ちなのだから。

「わかるわかる。私の星・ゼウスのきらめきはマジ☆スペース! あれを思い出すだけで一週間は余裕で生きていられるね」

 私の言葉に奈々は頷く。そして二人して静かにプラネット☆スターの輝きに集中した。

 ちなみに「私の星」というのは「私の推し」という意味である。

 プラネット☆スターの素晴らしいところは、五人がそれぞれ個性的なキャラで自立しているというに、全員でひとつと感じられるところだ。一人でも欠けたら崩壊してしまう。その危うさと完璧性に、私はどっぷりとハマってしまった。

 こんなにも素晴らしいアイドルが存在するだなんて、地球も捨てたもんじゃない。

 スマホでプラネット☆スターの音楽をかけていると、着信があった。せっかくの歌を邪魔されたことに私はこめかみに青筋を立てるけれど、対応を間違えれば一大事な相手だ。怒り狂っている場合ではない。

「ごめん。ちょっと電話してくる」

 私は奈々に断りを入れ、教室を出た。



「オリオンワンに滞在中のヘリオスフィア。応答せよ、応答せよ」

 スマホを耳に当てると、私の上司がそう繰り返していた。その言葉に私は真面目腐った声で反応する。

「こちらヘリオスフィア。異常なし」

 私の返答を聞いて上司は言葉を止める。そして疑わしそうな声色で尋ねた。

「ヘリオスフィア。君の返答はいつも「異常なし」だ。そこはヒューマンビーイングの住まう惑星だろう? 彼らはばん狡猾こうかつ、いつも同族と争ってばかりいる生き物だと聞いている。だからヘリオスフィアは常に危険に晒された環境で任務に当たっている、というのが我々の認識だ。それなのに君は「異常なし」と言う。本当なのか?」

 疑い深い上司に聞こえないように気をつけながら私は舌打ちをした。舌打ちはするが、上司の言っている意味に間違いはないと思っている。

 私が今いる星・地球に住み着いている「人間」という生き物は、我々のような穏やかな気質を持つ地球外生命体には信じられないくらい野蛮な生き物だ。同族同士で常に争い、大量殺人を平気で行う。恐ろしい生き物。だから彼らの動向を見張らなくてはならない、と我々は考えた。

 そう、私は地球を観察・スパイするために送られてきた地球外生命体なのだ。

 私の任務は、地球に住み着いたヒューマンビーイングが我々・地球外生命体に攻撃を仕掛けてこないかどうかを調べること。だから上司は私の身を案じてくれている。

「もしかして君はヒューマンビーイングに弱みを握られ、無理矢理そのような発言をさせられているのではないのか?」

「いいえ。そのようなことはありません。私のたいは完璧です。誰一人として私の本性に気づいてはいませんし、私の生命はおびやかされてもいません」

 私は回答を口にしながら必死に思考を巡らせる。

 あまりにも「異常なし」を繰り返せば、上司は私を思って軍隊を地球に送り込んでくるかもしれない。けれど「問題あり」と返せばその詳細を事細かに説明せよと言われるだろう。

 私は今の生活を捨てたくない。厄介事は極力避けておきたいのだ。

 なぜなら、彼らには素晴らしい文化があることを潜入捜査で知ってしまったから。

 だから、私は地球から離れたくない!

 地球に潜入し、ヒューマンビーイングを調べ始めて三年。彼らが作り出す世界にどっぷりとハマってしまった。

 そう、それはアイドルだ!!!

 彼らは輝かしい。全心全力で観客を魅了しようと必死に歌い、踊り、笑顔を振りまく。その努力は涙なくては見ていられない。彼らは自分達の人生を、他人を笑顔にするために消費しているのだ。

 ヒューマンビーイングは野蛮で狡猾。だが、それだけではないことを私は知った。

 願わくば、このまま任務を続行し続けて、永遠とアイドルの追っかけをして生きていきたい!

 けれど私のアイドルへの愛を上司に語れば「洗脳されてしまった」という判断が下り、地球は滅亡へと向かうだろう。

 それだけは! それだけはなんとしても防がなければならないのだ!!

「無理をするな。そこはブラックホールにも似た場所なのだろう? そこに三年も滞在しているのだ。そろそろ一度、星に帰ってみるのも良いのでは?」

 帰りたくないっ!

「必要ありません! ええ、私は大丈夫です! これも母星の安全を守るためだと思えば、少しの苦労も感じません!」

 必死に言葉を口にする。

 だって、ひと月後にはプラネット☆スターのニューシングルが発売されるのだ! CDを買うと特典で今回のライブ映像視聴権を手に入れることができる! それにプラスして、メンバー一人のプロマイドまでもらえる! 私はゼウスのプロマイドが欲しい!! なんとしてでも、だ!!!

 だから、意地でも帰らない。これは絶対なのだ。私の星への忠誠心が、今ここで試されているっ!

「大丈夫です! 任務は順調。彼らは野蛮で狡猾ですが、感性は鈍い。彼らを出し抜くことは、私には容易たやすいことです。何かあればこちらから連絡いたします。なので、今は異常なし。ただそれだけです」

 誠心誠意を尽くして報告する。

 しばらく上司は無言だった。私の真意を図りかねているのかもしれない。そのことでじっとりと汗が噴き出た。

 だが、これは戦いなのだ。私の推し活を守る戦い。そして、私のプラネット☆スター、私の星。それを守る戦いなのだ。

 負けられない。

 上司は私の返答にわかった、と言ってくれた。

「君は優秀だからな。信じよう。だが、何か異変があれば即連絡するように」

 その言葉を残して通話は切れた。

「…………いよっしゃあああああっ!!!」

 私は一人、思いっきりスペース☆アタック(ガッツポーズ)をした。

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