第6話 揺蕩

 その後少しして、わたしは、大学の先輩と付き合うことになった。

 その人は、いつも仲間の中心にいて人気者だけど、ちょっと軽薄に見えて全然タイプじゃなかった。同じサークルの先輩だったが、サークルの中にも仲の良いグループがいくつかあって、先輩とわたしは、そのグループが違い、あまり個人的に話したことがなかった。

 ある時、サークルの飲み会の席で近くになって話すうちに、何かお互いにイメージと違った部分があったようで、お互いに気になり始め、なんとなく付き合うことになった。一緒にいて知っていくうちに、どんどん好きになって、喧嘩したり仲直りしたり浮気されたり別れたり戻ったり追いかけたり追いかけられたり、本当にたくさんの色んな感情を体験し、初めて人を愛するという経験ができたと思う。

 その先輩とは、大学卒業で離れ離れになってから、うまくいかず別れてしまった。時間的にも感情的にも一番濃密な大学時代に一緒にいた彼のことは、ふとした時にわたしの心に浮かぶことがある。この人カッコいいな好きだなと思う俳優さんは、思い起こすと、表情のどこかが彼に似ているのだ。今では好きとかという気持ちではないが、愛着というのか、懐かしさなのか、心の奥底におりのように残っている。

 社会人になってからも、いろいろな人に出会い、付き合った人は、ちゃんと愛することができたと思う。結婚を考えるような恋愛もした。20代の中頃、結婚を考えた相手は、背が高くて目が大きくて、おしゃべりで明るくて、いつもわたしを笑わせてくれる楽しい人だった。彼のことを思い出すと、笑顔だった自分ばかり出てくる。その彼と、仕事の関係で、遠距離恋愛になってしまうことになると、彼がプロポーズをしてくれた。わたしはまだ、そこまで具体的に未来を考えていなくて、彼に言われて初めて結婚を意識した。彼も、結婚はすぐにではなく、ゆっくり考えていこうという感じだったが、離れることが不安だったのか、離れる前にわたしの両親にも会いたいと言った。そんな彼が遠くに行ってしまって数ヶ月が経つと、なんだか気持ちにズレが生じ始めた。結婚というものが未知のもので、結婚という言葉を出されてから、わたしの心はまた揺れはじめた。

 遠距離になることは、わたしはそんなに心配していなかった。どうなるのかなと半ばワクワクもしていた。そこで、「結婚」という言葉と親に挨拶をしたりということに、わたしの気持ちが追いついていなかったのか、嬉しさよりも、驚きとプレッシャーを感じてしまった気がする。離れてしまって、結婚はすぐにはしないのに、「結婚」という言葉に縛られているような感覚があった。どこか居心地の悪さを感じ、でも、彼は嫌いではなく好きだったので、だったら早く結婚してしまいたいと思ったが、状況的にそうもいかず、その辺りから、お互いの気持ちのズレや、揺れが出始めていた。

 

 そんな最中、突然に、大杉くんと会うことになる。

 女友達との旅行から帰った夜、実家に突然、小学校の同級生から電話があった。本当に帰宅直後で旅行の荷物を開いて片付けようかと、バッグに手をかけた瞬間だった。電話をくれたのは、大学時代に大杉くんと再開した時にも一緒にいた男の子だった。

 小学校の同級生に卒業当時の連絡先を見て連絡していて、繋がった人だけでも会って、同窓会開催の相談をしようという話になったという。いつもだったら、その時間に出かけるなんて面倒で断っていたかもしれない。

 友達との楽しい旅行から帰り、名残惜しくて少し寂しい気持ちになっていたことと、更に、帰ったばかりですぐに外出できる格好だったのもあり、出かけることにした。

 急だったので、結局、男の子2人と女の子が1人とわたしだけだった。そしてその中に大杉くんがいた。まだ大学で勉強を続けていた大杉くんは、たまたま実家に帰省していたようだ。社会人になり実家に住んでいない人も多く、小学校時代の仲間と繋がるのはなかなか大変だったようだ。もうひとりいた女の子は、小学校時代には、あまり一緒にいた記憶がない子だった。昔はすごくおとなしくてあまり目立たない子だったが、大人になって驚くほど明るくなって、見た目もキレイになってオシャレになっていた。目や口元にかろうじて面影があり、あの子だとはわかる。それでも、話していると、一瞬で小学生の頃に戻って違和感はどこかに飛んでいった。4人で懐かしい話をしているうち、女の子が帰らないといけない時間が迫り、お開きになった。誘った男の子は女の子と家が近くて一緒に帰り、大杉くんがわたしを車で送ってくれることになった。

 車の中で、もうひとりの女の子があまりに変わっていて驚いたと話すと、大杉くんが言った。

 「君はずっとそのまま大きくなってるよね」と。垢抜けないってこと?と少し拗ねてわたしが言うと、大杉くんは、昔と変わらない笑顔で、少し顔を上に向けて笑って、言った。

 「いや、会うたびに魅力的に成長して変わっていってるけど、ちゃんと君のまま大きくなってる」と。どうゆう意味?と答えながら、なんだかとても嬉しかった。

 そう言われてみれば、大杉くんも、大杉くんのまま大きくなっている気がする。おしゃべりが上手くなったり、オシャレを気にするようになったりしても、話すテンポや笑い方や全体の雰囲気や印象は小学校の頃と変わらない。だからなのか、大杉くんの運転する車の助手席に乗っているのは、少し不思議な感じがする。

 会っていたお店が、わたしと大杉くんが通っていた高校の近くだったので、高校に行ってみようという話になった。

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