第十五話 第二生
ユーリィは傍らに男に寄り添い、ため息をついた。
「どうした?」
傍らにいる男は、マティスではない。ユーリィが目をつけていた年上の兵士長である。
「昨日の祝賀会、『傷の兵士』を招かなければ、とても楽しかったのになって。知識のないバカどもの話って、聞いてるだけでも疲れるのね」
「そんな風に言ってもいいのかい?彼らは同士なんだろ?」
「同氏と思ったことはないわ」
ふん、とユーリィは鼻を鳴らした。
最近、茶会と嘘をついて、こうして兵士長と逢引を繰り返している。兵士長だけではない、それまでに何人もの男と関係を持っている。金のため、そして権力のため、自分のため。
兵士長と寛いでいると、ユーリィ様、と下女が声を掛けた。
「何よ」
「時間でございます」
「そう、仕方ないわね。じゃあね、勇ましい兵士長様。また今度」
「はい、いつでもお待ちしております」
ユーリィは兵士長から離れ、下女に渡されたガウンを羽織、その場を後にした。
帰りの馬車の中、ユーリィは深いため息をついた。
「あいつ、飽きてきたな。年上ぶってみっともない。顔は好みなんだけどねぇ…ねぇ、今度年下の子、見繕ってきてよ。かっこいい系じゃなくて可愛い系の」
ユーリィが楽しそうに下女に言うと、ハイ、と彼女は答えた。
そういえば、と下女は続ける。
「ウィズリーが陛下より暇を賜ったそうです」
「あら、驚いた。あの腰巾着が?へぇ、いいじゃない。ずっとうっとおしいと思ってたのよねー陛下のことわかってます見たいな顔して、偉そうに陛下の後ろに立ってさ」
うふふ、とユーリィは楽しそうに笑う。
「それで、ウィズリーはどうしたの?」
「荷物を持って城を出たそうです」
「実家にでも帰ったのかしらね。まぁどうでもいいけど」
ユーリィは外を眺める。
「あいつ居ようがいまいが、どうでもいいわ。いいけど、私、ああいう陰鬱な顔した奴嫌いなのよねーいなくなっちゃえばいいのに」
ユーリィはちらりと下女を見る。下女は、かしこまりました、と小さく頭を下げた。
ワイトは朝日の温かさを感じて目を覚ました。どうやら眠ってしまったらしい。ここ、どこだっけ?
身体を起こして辺りを見渡す。知らない部屋だ…えっと、確かウィズリーとエリシアと…。そうだ、エリシアが起きるのを待っていた。しかし、エリシアがベッドにいないことに気が付く。
不思議に思っていると、部屋の戸が叩かれ、誰かが入ってきた。
「あ、ワイト君起きた?おはよう」
そこにいたのは、エリシアだ。
「エリシアさん!もう起き上がって大丈夫なのかい?」
「うん、なんかちょっとすっきりした。心配してくれてありがとうワイト。朝ごはん一緒に食べよう」
言って、エリシアは部屋の外を指さした。ワイトのお腹がぐぅとなる。少し照れくさそうに、ワイトは頷いた。
家族はエリシアが起き上がってくれことに大層喜んだ。これもワイトとウィズリーが来てくれたおかげだと。
「いえ、僕は何も、エリシアさんが頑張ったんですよ」
「ううん、ワイト君と話したら、なんかぐっすり眠っちゃって…ワイト君。本当にありがとう。なんか突っかかってたものが取れた気分」
「僕なんか…いや、ううん、とくかく、本当に良かった」
「さぁさぁワイト君、ご飯を食べて」
エリシアの母親に促され、ワイトはリンゴジャムがたっぷり乗ったパンを頬張った。
「美味しい!」
「よかった。私の手作りなんだけど、気に入ってくれたならもっと食べておくれ」
「ありがとうございます」
「ちょっと!私の分までとらないでよ!」
エリシアが立ち上がり、妹を怒鳴った。
「お姉ちゃん病み上がりでしょ!食べ過ぎないように食べてあげてるの!」
「あんたね!成長期だからって油断してたら太るわよ!」
「ふーんだ!どんだけ食べたって太らないもーん!」
「ごめんねワイト君。騒がしくて」
エリシアの父親が苦笑する。いいえ、とワイトは相槌をした。いいなと思う。今の家族で…前世も、こんなに大勢で朝食を食べることなどなかった。楽しいなと思い、何度も何度も相槌をする。
相槌をしながら、ウィズリーのことを思い出した。彼女は無事だろうか?
「エリシアさん」
「何?ワイト君?」
「後で君に話したいことがあるんだ」
エリシアは、なんとなく、前世のことであると察する。エリシアは神妙に頷いた。
朝食を終え、ワイトは帰り支度をする。エリシアは町まで見送ってくると、二人はエリシアの家を出た。
「ねぇ、昨日の話だと、ジュナインも私と同じ被害者だったんだよね」
最初から確信をつく話に、ワイトの心臓が跳ねあがった。
「そうだね」
「…亡くなった、ジュナインの左手には傷があった。前世の記憶がある人がやったんだよね?多分。ワイト君は知ってるの?なんでジュナインが殺されたのか」
「…ウィズリーだよ、僕と一緒にいた」
「そっか、うん、流れ的になんかそんな気がしてた」
エリシアは足を止める。ワイトが振り返ると、エリシアが泣いている。
「どうして…どうしてあの人が…どうしてジュナインが死ななきゃいけなかったの…何も悪いことしてないのに。彼だって、被害者なのに」
ワイトは顔を歪める。どう言葉を返したらよいのだろう。
「………。……ウィズリーはマティス陛下に騙されていたんだ」
「どういうこと?」
「ウィズリーは、ジュナインがあの事件の犯人だって思いこまされて、それで、ジュナインを殺してしまったんだ。ジュナインは今生で7人、人を殺してる。マティスはそれを前世の行いのみたいな言い方をしたんだ」
「ジュナインが、今生で7人…落石事故のことかな…。詳しくは聞いたことないけど、あの話を聞かせてくれた時のジュナインは、とても辛そうだった。もしかしたら、その7人が死んだのは自分の所為だって思ってるんじゃないかなと思ったの…。安易にそんなこと言えなかったけど」
ウィズリーは左手を右手で握り締めた。そして、しゃくりあげる。
「前世なんて関係ない。ジュナインは一生懸命、生きてた。ちゃんと罪を背負って、今の両親と仲良くして、私を好きだと言ってくれた。どうして今の彼が命を奪われないといけなかったの…やっぱりわからないよ」
「それをウィズリーがマティス陛下に聞きに行ってる」
「え、でもそれって危なくない?陛下はウィズリーさんをだまそうとしてたんだよね?それに気づいたと知ったら…」
「はぐらかされて何も聞けないかもしれない。最悪殺されるかもしれない。でも、ウィズリーは必ず生きて帰ってくると言った。ちゃんと君に謝りたいんだと思う」
いや、とワイトは頭を振る。
「謝ったって許されない。不条理に奪われる命ほど悲しいものはない。それは前世の、あの事件で僕も痛いほどわかってる。ウィズリーを裁くのは君だ。ウィズリーは裁きでも受け入れる覚悟だよ」
「…そんな、私には、出来ないよ、そんな話聞いたら、ウィズリーさんを裁くなんて」
「ありがとうエリシアさん。僕、ウィズリーを殺したいって言われたらどうしようかと、おびえてた。君は本当にやさしいんだね」
「違うよ、人を殺すなんて、自分にどれだけ辛く悲しいことが起こっても、出来ることじゃないんだよ。例えその衝動があっても。その衝動をかき消す別の感情がある。ウィズリーさんが死んだらワイト君が悲しむだろうなとか、私がウィズリーさんを殺したら家族が悲しむだろうなとか。ウィズリーさんも、あの双璧の人も、その衝動を消すものがなかったんだね…」
「そうだね、人を殺したいという感情は、自分が抑えられるものじゃなく、誰かの思いが止めてくれるものなんだね」
「うん、そうだね、ワイト君と家族がいて良かった」
エリシアが涙を拭った。
「ワイト君、私達も城に行こう」
「え!ダメだよ!エリシアも殺されちゃうかもしれない!」
「いやいや、マティス様と話そうって言ってるんじゃなくて、ウィズリーさんを迎えに行こうって言ってるの。ウィズリーさんが家を出てずいぶん経つんでしょ?もう話終わってるかもしれないし」
あ、そっか、とワイトは安堵する。
「…いいのかい?一緒に来てくれるの?」
「もちろんよ」
エリシアは微笑んだ。
町まで降り、城に向かって二人は歩いた。その道中、大通りの真ん中に人だかりが出来ているのが分かった。
「何かあったのかな?」
「とりあえず聞いてみる?」
二人は人だかりに近づく。
「どうしたんですか?」
「人がまた殺されてるんだよ…あそこ」
ほら、と尋ねられた男が首で現場をを示した。
そこには、ウィズリーが血を流して倒れていた。
「…え」
「うそ」
ワイトは絶句し、エリシアは口元を抑えた。
「今朝早く見つかったんだ。金品が盗まれてるから、夜盗の仕業じゃないかって」
「ママ!」
ワイトがウィズリーに走り寄る。
「ママ!なんでこんなところで…帰ってくるって約束したのに!」
ウィズリーはすでに琴切れている。何も返さない。
「ママ!返事をしてよ!お願い!ママ!ママーーーーー!」
ワイトがウィズリーに覆いかぶさり、号泣する。
エリシアはその場に座り込んだ。
「どうして…なんで…またこんな死に方しなきゃならないの」
エリシアは静かに涙を流した。
「ウィズリーが死んだそうだな」
マティスとユーリィが二人で昼食を食べている。
「なんでも、夜盗に襲われたらしい」
「それはなんとも不運でしたね」
ユーリィがにやりと笑う。
「そういえば、ラティスがオキシオを殺したそうですね」
「あぁ、信じられないよ。オキシオを殺すなんて」
「ラティスはいかがなさいましたの?」
「殺したに決まっているだろ」
マティスはユーリィを睨みつける。今までユーリィが何を言っても不干渉だったのに…。なんでそんな顔向けられなきゃいけないの、とユーリィは不機嫌になる。
「オキシオ…本当に残念でならない。彼にはこの国の行く末を見届けてほしかった」
マティスは頭を抱える。
「この国の行く末とは?」
ユーリィが鼻で笑う。
「たくさんの子供が生まれることだ」
マティスは顔を上げた。その表情は、決意に満ちたものだった。
「城の中に別邸を作っただろ?」
「あぁ、あの黄色のバラ園で囲った、あそこですか?」
「そこに独り身の女性を集める。そして私の種子をゆだねる。私の子供がたくさんできるだろう。そうすれば、この国はきっと豊かになる。私はたくさんの子供たちと幸せになれる」
マティスは左手の刺青を撫でた。
「これが本当の繋がりだ、絆だよ、オキシオ。迎え入れた女性と子供たちには同じ印を与えようと思う。見ていてくれ、私達の子供は、きっとたくましく成長してくれる。あなたのように」
マティスの狂気に、ユーリィは絶句した。
「大丈夫だよ、ユーリィ、君は好きにしたらいいよ、何も縛るものはない」
マティスがユーリィの手に手を伸ばす。ユーリィは思わずその手を引っ込めた。持っていたフォークが床に落ちる。
「どうしたんだい?ユーリィ」
「あ…」
「今まで通りにしていたらいいんだよ、好きな時に食べて寝て、出かけて男と遊んで、僕は構わないよ。僕だってこれから色んな女性と関係を持つんだからね、だから、ね?いい子で可愛い、お人形でいてくれ、ユーリィ。君の眼が、僕には必要なんだ」
「は…い…」
逃げ出したいと思った。けど逃げることは許されないとも気づいた。
マティス様、と二人の後ろから声がかかる。
「何?」
「『傷の戦士』であるワイトとエリシアが城門で何か叫んでおります」
「ちょうど良かった、彼らも同士として別邸に招き入れるつもりだったんだ。彼ら血も絶やしてはならない。別邸まで招いてくれ、二人にはそこで暮らしてもらう。生き残った大事な『傷の戦士』だ。丁重にもてなせ」
「はっ」
命令を聞いた兵士がそそくさと部屋から出て行った。
「みんなで家族になりましょう、ね、厚彦さん」
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